若者の家コミュニケ3月9日版「すべてが変わった。まったく変わってしまった。怖るべき美が生まれているのだ」

コペンハーゲンの若者たちの叛乱に連帯を!

 昨年、今年とうち続く大阪市の野宿者排除はなんら特別な事ではない。新自由主義的・帝国主義的なグローバリズムに通底する世界的な出来事の一環である。今、相互扶助的な助け合いの地域コミュニティ、解放区的でコミューン的なスペースがますます切り縮められ、売り渡され、破壊されつつある。世界中で断固たる反撃が問われている。

2007年2月28日、デンマーク・コペンハーゲンにて

若者の家(Ungdomshuset)からの国際コミュニケ

が発せられた。
その翌日から大規模な叛乱とそれにたいする弾圧が吹き荒れた。

★燃え上がるコペンハーゲンの街

 2007年3月1日以来、デンマークの首都:コペンハーゲンで排除に抗議する若者たちの叛乱が席巻し、大量の逮捕者を出している。1982年以来若者たちが占拠していた「若者の家」(the Youth House = Ungdomshuset) のビルをコペンハーゲンの市(コムーネ)当局が勝手にキリスト教団体(Faderhuset:父親の家という人種差別主義・同性愛差別が指摘されるキリスト教系カルト)に売却した。その結果として、とうとう強制排除が実施され、抗議の火の手が燃えさかり、大規模な街頭実力闘争に発展した。さかのぼること昨年の12月には、すでに地元デンマーク・コペンハーゲンをはじめヨーロッパ各地から宗教的なファッショへの明け渡しに反対する反ファシスト、アウトノミヤ(アウトノーメ)が参集し、大規模な街頭叛乱を決行した。ここ半年にわたる若者たちの「若者の家」破壊に抗議する熱気・叛乱を断固支持しつつ、連帯をこめてキャンペーンしたい。

 例によって、日本のマスコミ=マスメディアは、この手の叛乱報道に関してはなんら伝えていない。英国のBBCが大きく報道していることと比べれば雲泥の差だ。

http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/6414481.stm

★「若者の家」にいたる革命的歴史

「若者の家(Ungdomshuset)とコペンハーゲンの若者たちの反乱」の和訳冒頭分より抜粋しておくと:

 若者の家(Ungdomshuset)は、もともとは人民の家(Folkets Hus)と言われ、初期の労働運動の産物として、1897年以来衝突の中心に位置してきた。
 1910年には、この家で第2インターナショナルが開催され、ドイツの社会主義者クララ・ツェトキンが3.8国際女性デーの開始を宣言した。ウラディミール・レーニンとローザ・ルクセンブルグがそこで演説し、1918年には失業に反対する一大デモンストレーションがこの家から出発し、労働者たちはデンマーク証券取引所になだれ込んだ。
 戦後は、しばらくはドイツ人難民の避難場所となった。しかし、コペンハーゲンでの社会主義運動の社会的性格が変化したため、その家は1960年代には放棄され、N?rrebro の若きスクワッターグループがコペンハーゲンでの長期にわたる自主管理の若者の家のためのキャンペーンの一環としてその空き家を占拠するまで捨て置かれた。
 1982年、コペンハーゲン市長 Egon Weidekamp はその家を若者たちが使用するよう与え、若者の家(Ungdomshuset)と名付けられた。その家の鍵を手渡すとき、市長は「彼らは家を得、我々はいくばくか平和を得た」と語った。まさかこの言葉が25年後に繰り返されようとは・・・。

 全文訳は「若者の家(Ungdomshuset)とコペンハーゲンの若者たちの反乱」を参照。

★解放区とスクウォッティング(占拠)運動

 以下、noizさんの書き込みから抜粋させていただきます:

・・・コペンハーゲンのオングドムスフーセット(「若者の家」という名の古いビル)の件ですが、このスクウォットハウスの利用者には大量のパンクスも含まれており(DIYのパンク祭である K Town Festival はフーセット一帯が会場になる)、我々一部のパンクスの間でも注目しています。大阪の Punk and Destroy というレコードショップは支援カンパ募って数万円分を送りました。

「若者の家」が位置していた Christiania は一種の kommune(コミューン)だとのことです。家弾圧の騒ぎで色々とリソースたぐっているうちに、「あ、これは公式にはインフォメされることのない一種の解放区のことなのだな」と知りました。そりゃあパンク祭も行なわれるわけですね・・・

http://www.christiania.org/

この街そのものが、1970年代に海軍基地撤退後の土地をスクウォットすることによって形成されたということで、いわばヒッピー的なコミューンとして出発した。それで30年間以上、国家と対話/対立の関係を貫いてきたようですが、最近ではやはり「再開発」という新自由主義的政策に挑戦されているということのようです。今回の排除・弾圧は、その大きな流れのなかでの、「若者の家」の「父親の家」(カルト教団の名前)への売り渡しだったと。

1970年代末から80年代初頭にかけてオートノミスト(アウトノーメ)とスクウォッティング(占拠)の運動によって惹起した深刻な社会的争闘と蜂起ののち、幾つかの政治的な妥協の一部として後の「若者の家」が活動者たちに提案された。主軸を占める若い活動者たちはそれを「Ungdomshuset(若者の家)」と呼び、この家で様々な文化的・政治的活動がはじめられることとなった。この家は、コペンハーゲンの自由街地区・クリスチャニア[訳注:850人ほどの住民によって運営される自治区で、地理上は34ヘクタールに及ぶ半合法的状況を維持する独立コミュニティである]における、多文化的かつ民主的な根っこを備える唯一のコレクティヴ/コミュニティ・センターだった。しかし財産上の権利は、1999年には先の政治的妥協を反古にし、家を最高額の入札者に売却することを決定した地方議会の手に残されていた。

★昨年12月にも市街戦さながらの衝突

 引き続き、noizさんの書き込みからの抜粋です:

昨年の12月16日にはやはり強制排除反対・フーセット死守の大衆デモがあり、その一部が機動隊と衝突し、市街戦さながらの状況になっています。当日、デンマークだけでなく欧州(特に東欧・ドイツ)から多数のアンチファ・アウトノーメの活動者が支援として入り込んでおり、その「実力闘争部分」やパンクスを中心に衝突が起こったようで、警察車輌の破壊などの映像がニュースで流れていました(ロイターほかインディメディアなどでも)。

衝突以前には、市財産(フーセットは市所有)の売却先であるキリスト教カルト関連の施設の前での抗議デモンストーレションでも、ライオット・ポリスに襲撃されてめった打ち、ごぼう抜きにされるなどの「恨み」が蓄積されていました。

12.16では300名以上が逮捕され、数名が起訴攻撃にあっていたと思います(大半の「支援者」は国外強制退去)。で、「最後の戦闘」が現地では覚悟されていたようですが(その間にも支援のライヴなどが行われている)、今回またも実力闘争に及んだという感じでしょうか。・・・

★参照サイト(noizさんからご紹介いただいたもの)

Ungdomshuset
http://ungdomshuset.dk/

Ungdomshuset blog (ドイツ語)
http://ungeren.wordpress.com/

K Town Festival
http://www.k-town.dk/

来たるべき「最後の戦闘」を呼びかけた動画
「若者の家の排除・予告編」
http://youtube.com/watch?v=PcdbeTKnx5s

テロップ拙訳
http://anarchopunk.blog50.fc2.com/blog-entry-22.html

3.1の状況を伝えるサイト

Indymedia UK
「外人支援部隊」の概算が出ており、それによればやはりドイツ語圏・北欧地域から
の支援が圧倒的ですね。今回の逮捕者は600人以上と出ています。
http://www.indymedia.org.uk/en/2007/03/363973.html
http://www.indymedia.org.uk/en/2007/03/363903.html (pics)

Indymedia DK
http://www.indymedia.dk/article/887

Modkraft
http://modkraft.dk/


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