19−20世紀共産主義の総括のために(アウトライン)

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19−20世紀共産主義の総括のために(アウトライン)

1997・8・19  津村 洋

  【はじめに】

 今回のテーマについては、20世紀に限定せず、19世紀以来の社会主義・共産主義運動の概括的な流れを取り出すことにしました。年代的なアウトラインは未完で、また若干文章的に挿入している部分は、検討すべき領域の一部しかあつかえていません。
 ですが、年代的な、項目的な列挙にも、それぞれの思想が反映されるので、異なる角度からの整理のしかたを対置していただけるとありがたいです。以下が議論のきっかけにでもなれば幸いです。



【1】19世紀−20世紀初頭にかけての社会主義・共産主義運動形成期

1、共産主義者同盟の時期(1836ー1852)

 1836 ドイツにおける義人同盟の形成

 1847 同盟本部のロンドンへの移行
      マルクス・エンゲルスの同盟への加入
      その影響下での共産主義者同盟への名称変更
      同盟はそのモットーを変更
      「すべての人間は兄弟」から
      「全世界の労働者団結せよ」へ

 1848 「共産党宣言」の発行
      フランス、ついでドイツでの革命の勃発

 1852 ヨーロッパを覆う反動の勝利
      共産主義者同盟の解散


2、第一インターナショナルの時期(1864ー1876)

 1864 国際労働者協会(第一インターナショナル)の形成
      マルクスを一指導的メンバーとして
      協会に含まれているのは
         ラサール主義者
         空想的社会主義者
         チャーティスト
         労働組合主義者
         民族主義者
         アナーキスト など

 1860年代ー70年代ー80年代
      第一インターに加盟する社会主義・労働者諸党の形成

 1867 「資本論」の発行

 1871 パリにおける労働者の権力掌握
      国民軍(プロレタリアート)コミューンを建設
      二ヶ月後にパリコミューン破壊される
      マルクスはパリコミューンを「フランスの内乱」で擁護

 1872 バクーニン率いるアナーキスト、インターから追放

 1876 第一インターナショナルの解散
      イギリスの自由主義的労働組合指導者の脱退
         マルクスのパリコミューン擁護に恐怖して
      バクーニンの追放に続いて

 1883 ロシアで労働解放団の形成、プレハーノフに指導されて
      (ロシア社会民主労働党の先駆者)
      マルクスの死去


 19世紀における産業資本主義は、旧体制と並存し、対抗し、発展した。旧体制ー封建制・絶対主義にたいして資本主義が歴史的進歩性をもった時代である。
 産業資本主義段階は、自由競争と前資本主義体制への資本主義の世界的浸透・拡大を特徴としていた。
 ヨーロッパにおいてはイタリア・ドイツなどで、ブルジョア民主主義的な中央集権国家を求める国家統一運動が展開された。また、この時期におけるアジアなどでの植民地支配に対する反乱は、いまだ歴史発展的な性格・展望を持てなかった。


3、第二インターナショナルの時期(1889ー1914)

 1889 第二インターナショナルの結成
      「反デューリング論」エンゲルスを通じたマルクス主義の浸透

 1895 エンゲルスの死去

 1898 ロシア社会民主労働党(RSDLP)の結成
      レーニンを一指導者として

 1903 RSDLPの二分解(ボルシェビキとメンシェビキ)

 1905 ロシア革命の勃発、ツァー体制によって潰される

 1907 第二インター・シュツッツガルド大会で決議の採択
      社会主義諸党が戦争の勃発を阻止するために戦う義務を
      うたった決議、これに対するローザ・ルクセンブルグと
      レーニンによる修正
      戦争の勃発に際して「社会主義者は、そのできるだけ早
      い終結のために介入し、人々を奮い起たせて資本主義制
      度の転覆を促進するために戦争を利用すべき義務をおっ
      ている」とともに採択される

 1912 バーゼル大会、シュツッツガルト決議を再び肯定

 1914ー18
      第一次世界大戦の勃発
      第二インターメンバーの殆どの党はそれぞれの自国政府を支持
      第二インターの崩壊


 およそ20世紀初頭に突入した資本主義の帝国主義段階は、自由競争が独占に転化し、前資本主義的体制を駆逐して資本主義が世界を占取した時代である。資本主義が歴史的進歩性を喪失し、次の生産様式(共産主義)にとってかわるべき時代である。
 世界は一握りの抑圧民族と圧倒的多数の被抑圧民族に分裂し、独占資本主義(帝国主義列強)の支配と前資本主義的な広大な農村の存在がからみあう独特な二元的な階級関係を出現させた。
 晩年のマルクスがロシアのミール共同体について述べた「ヴェラ・ザスーリッチへの手紙」は、この二元的な階級関係を捉えるひらめきを与えている。
 また、ロシア革命は、この二元的な階級関係を客観的に的確に理解し、勝利することができた最初の革命である。



【2】国際共産主義運動の展開と退廃

4、ボルシェビキとロシア革命

 1915 スイス・チンメルワルドにおける国際社会主義者会議
      交渉による平和を求める「社会平和主義者」が支配的
      しかしレーニンに率いられた小数派は革命的手段による
      戦争の終結を唱える

 1916 スイス・キンタールにおける二回目の会議
      レーニン起草の宣言を採択
      戦争を帝国主義的と非難し、社会主義党と労働者階級に
      それをプロレタリア革命に転化することを求めた

 1917 ロシアにおける2月革命、十月革命の勝利
      最初の労働者国家ーUSSRの出現

 1918 ボルシェビキはロシア共産党(ボルシェビキ)に変更
      第一次世界大戦の終結


 帝国主義時代の植民地・従属国では、農村における前資本主義的・共同体的性格がブルジョア的に解体される以前に、外部から資本主義が持ち込まれた。すなわち、帝国主義によって都市部に持ち込まれた(あるいは世界的レベルでの)資本主義と一定の自給制・分権制を残存させた農村共同体とが並存する。
 農村の資本主義的分解が停滞している条件の下では、農民は農奴的性格をとどめた「階級としての農民」であり、古典的ブルジョア革命段階における近代的階級へと分解・再編成された農民ではない。
 植民地・従属国における大多数の「階級としての農民」は、資本主義が生み出したものを土台として、解放区・赤色政権による地主の土地没収=分権的な半権力の奪取という革命戦争を遂行することができる。こうして反資本主義・反帝国主義の戦いは、古典的なブルジョア革命と異なって、農村の資本主義的分解→ブルジョア革命→都市を中心とする資本主義的発展という段階を経ることなく共産主義に前進する条件を獲得する。
 古典的なブルジョア革命とは異なる特殊な民主主義革命が共産主義革命に接合する。帝国主義でありながら、特殊な二重の階級関係を保持していたロシアでの革命は、そのひらめきを与えた。


5、第三インターナショナル、共産主義インターナショナルの時期(1919ー1943)

 1919 第三インター(共産主義インターナショナル)創設
      国際労働者階級の運動の指令部として

 1919ー24
      成功しなかったドイツ(三度)、ハンガリー、ババリア、
      ブルガリア、エストニアでの蜂起

 1921 中国共産党の結成(CPC)

 1923ー27
      中国共産党と国民党との同盟が作り出され、国民党軍に
      よる中国共産主義者の虐殺のなかで終結する

 1924 レーニン最後の闘争は未完・挫折、レーニンの死去
      スターリン、ソ連共産党(CPSU)の支配的地位に

 1920年代ー30年代
      20年代における反対派の敗北、30年代における粛清・虐殺
      ソ連における急速な経済成長
      資本主義諸国における経済危機と対照的に
      e.g.大恐慌
      (1930ー33年の間に、1929年に対する工業生
      産高は、アメリカでは65%、イギリスでは86%、
      ドイツでは66%、フランスでは77%にそれぞれ下
      落した。同じこの期間にソ連では、工業生産高は二倍
      以上、1929年比で201%であった。出典は「ソ
      連共産党史」)

      ファシズムの出現、その評価の誤り(デミトロフなど)
      (「金融資本のもっとも反動的、もっとも排外主義的、
      もっとも帝国主義的な分子の公然たるテロ独裁」)


      問題点

       :統一戦線 vs ファシズムと戦争
       :平和とソ連防衛のための闘争
       :統一戦線組織の形成、人民戦線路線

 ex.フランス  急進党と
    スペイン  社会党・共和党と
    アメリカ  ルーズベルトと
    インド   Congress Party(国民会議派?)と
    中国    国民党と
    フィリピン コモンウエルス政府と
       社会党との合同
    連合国 vs 枢軸国

 1936ー39
      スペイン内戦と国際旅団の意義、革命の圧殺

 1938 トロツキーとその支持者による
      「第四インターナショナル」結成

 1939ー45
      独ソ不可侵条約そして人民戦線路線の改悪再登場
      第二次世界大戦の勃発

 1941 ドイツのソ連侵略と愛国主義・民族主義の鼓舞

 1943 第三インターナショナルの解散


      むちゃくちゃな解散理由

  コミンテルンは「労働者階級運動の第一次的な段階にはかなってい
  たが、この運動が伸長し個々の国々におけるその問題が複雑化した
  ことによって乗り越えられ、民族的な労働者階級政党が一段と強化
  するためにはかえって邪魔物になってしまった」


6、コミンフォルムの時期(1947ー1956)

 反ファシズム解放戦争論の延長としてのブルジョア勢力への迎合の時期
 冷戦構造の拡大と共に、武装蜂起路線に転換
 その挫折と平和共存路線への転換



【3】スターリン主義批判の戦闘性と挫折

7、ニューレフト、国際的な反乱

 キューバ革命、ベトナム革命、パレスチナなどにおける前進
 世界的な青年・学生の反乱の拡大とニューレフト
 日本における新左翼、四分五裂の性格
 OLAS路線とソ連共産党批判
 近代化論・非資本主義的発展の道と新従属派の興隆


8、中ソ対立の激化

 中ソ分裂が醸成された時期(1956ー1966)
 中ソが公式に分裂した時期(1966ー1988)
    A、分裂の初期
    B、分裂の拡大(1970年代)
    C、分裂から和解への時期(1980年代)



【4】共産主義運動の混迷から再編成への模索

 東欧、ソ連での既存体制の瓦解とその波及力

 89ー90年を頂点とするソ連・東欧労働者国家の瓦解からすでに数年が経過している。資本主義の矛盾が深まっているにもかかわらず、いまだ社会主義への幻滅・不信が広範な労働者大衆の心をとらえ、共産主義運動の困難が継続している。

 こうした情勢のもとで、いわゆる「社会主義諸国」における国家資本主義の破産と野蛮さを暴露するだけでは、事態の転換は図れない。スターリン主義は、労働者大衆を抑圧し、国家資本主義の共産主義への体制変革に敵対し、破綻した。だが、問題なのは、数十年にわたってスターリン主義に反対する左翼の運動が存在しながら、スターリン主義体制の瓦解過程をなんら積極的方向に転換できなかったことである。その意味では、既存のスターリン主義批判もまた事態の進展に無力であったのであり、その弱点・限界が切開されなければならない。この点に関する自覚ぬきに、革命運動の転換に接近することはできないだろう。

 従来のスターリン主義批判の延長に安住し、一般的な反資本・反政府意識の拡大をめざし、一国主義的な同心円的な組織発展を願望するようでは、労働者大衆の意識に立ち遅れるだけである。なぜなら、労働者大衆の社会主義への幻滅は、否定的な形であれ国際的な意識であり、それにたいしてソ連のニセの社会主義に日本の真の社会主義を対置しても解答にはならないだろう。

 社会主義の再生のためには、共産主義運動の世界的性格を原則的に理解し、世界各地で摸索されている動きと積極的に合流していくことが絶対に不可欠である。世界各地ー日本をつらぬいて、たとえ一見マルクス・レーニン主義から離反するように見える動向であってさえ、そこから積極的な要素を発見し、再生に向けた討議・論争を行なっていかねばならない。

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