協議とは、「寄り集まって相談すること」(広辞苑第4版)「関係者が寄り集まって相談すること」(新明解国語辞典第4版)で、革命組織にとって協議会とは、一般的にいって次の2つの政治的意味をもつ。
1、大会は政党(あるいは様々な組織)の最高決定機関だが、そうした権威を持たない相談の場、つまり会議形式としての協議会。なんらかの理由で大会が開催できない場合に、政治的打ち合わせの場としても協議会は開催されたりする。
2、複数の党・組織・グループが、政治的に相談し、なんらかの合意・協定を結ぶ、協力関係・組織関係としての協議会。
われわれが形成しようとしている協議会は、もちろんこの2の意味における協議会である。
これにたいして、諸個人の結集体は、通例「協議会」とは呼ばない。協議離婚が、当事者間の分裂、対立を前提として協議たるように、組織・グループ間に分立しているところの相違・対立を前提として協議会は形成されうる。
諸個人の自発的な結集に基づく組織体は、「協議会」ではなく、革命的組織にとって、それは政党か、あるいは政治サークルを意味する。共通の綱領・戦術・組織への諸個人の結合が前者(革命政党)、そうした基準の全体性が未確立であり、様々なサークル根性を抜け出せない段階が後者の場合である。
もちろん諸個人の自発的な結集体である革命的政治サークルも、特定の政治的色合いを持ち、それなりの単一性を持つ。一般にこの単一性は、政治サークルのほうがルーズで軟弱、政党はビシッと一枚岩化されるように誤解されやすい。しかし、むしろその逆である。
なぜなら、革命政党なら共通の全体性を基準として、基準そのものを変革しようとする分派・潮流・フラクションを柔軟に包摂できるし、党内闘争を通じて多様性を包括しつつ自己発展をとげる条件がある。が、政治サークルでは、かかる全体性が欠如しているがゆえに、全成員にとって政治的相違をおしはかる共通の政治基準が見いだしにくく、真剣な論争を内包しがたい。かくして論争の排斥へと向かう力学が不断に作用し、その排斥の理屈は、異端をなでぎる基準の人格化を必然化させる。その意味で、政治サークルの単一性は、一枚岩・硬直性をどぎついものに化す条件を持つ。
6月の党宣言記念集会の成功を受け、その共同アピールの3項目目の具体化として協議会形成の議論は始まっている。しかし、今回の協議会形成に関連づけ、あるいは前提とすべきものはそれだけではない。
第1に、まず何よりも十数年にわたる建党協議会の豊かな実践経験がある。
第2に、社会主義再生シンポ実の「協議会」的な経験もある。
第3に、挫折に終わったとはいえ、昨年来の「協議会」的な試みもある。
第4に、その上で党宣言記念集会の協力関係の生々しい経験がある。
もし、われわれが、こうした過去の経験を真摯に総括に基づき、新しい協議会を形成する方向をとれないなら、協議会の事業は信頼を得ることも、共産主義政党の結成へと接近することはできないだろう。
もちろん、われわれに直接関連している以外にも、国際的・国内的に学ぶべき経験がいくつもあるはずだ。新たな協議会を発足させようとするものにとって、共産主義諸組織の協働、提携、統合を目指す実地の経験から、その肯定面からも、否定面からも学び尽くす義務がある。恐れることなく過去を切開し、大胆に過去に立ち戻れるものだけが、新しい未来を切り開くことができるのだから。
建設すべき協議会は、四分五裂状態にある共産主義諸勢力の合流を潮流を越えて目指し、プロレタリアートの革命政党を建設する方向性を共有する。この強烈な目的意識なしに協議会は、その存在意義を持たない。
ただし、あらかじめ予定調和のような統合を前提にすべきではない。なんらかの離合集散は不可避であろうし、協議会からの離脱も、協議会への新たな結集も自由である。革命党の綱領・戦術・組織を練り上げる共同性、その内実こそが問題であり、統合の判断は各グループ(それを構成する諸個人)が自発的に判断すればよいことである。
では、われわれが建設する協議会の党派性はどこにあるのか?
潮流を越えた共産主義勢力の合流・統合を目指す、という点だけでも、ある意味では鮮明な党派性と言ってもよい側面がある。分散せる孤塁に安住したり、あるいは思想的な解体に陥ることすらめずらしくない左翼戦線の現状にあっては・・・。
また、思想闘争・党派闘争にテロルを持ち込んだり、ブルジョア的な裏政治、チンケなボス交政治で合流・統合を目指すことを否定し、公開制の原則の下、プロレタリア大衆に開かれた政治路線討議を追求するという一致点でも、明確な党派性を示しつつあると言える。この分解線は現段階ではとても重大なことであると思う。
しかし、それだけではもちろん協議会の政治性格はきわめて不鮮明である。この不鮮明さを各グループが自覚し、克服していく努力を取れない限り、プロレタリア大衆の政治的関心を呼び起こすことはできないし、協議会の成功はおぼつかない。
その曖昧さは、協議会を構成しようとする各政治グループの弱点として捉えかえすべきものではないだろうか?なぜなら、協議会の構成主体は各政治グループであり、その主体の前提でだけ協議会が成り立つからである。われわれ『国際主義』編集会議IEGを含む各政治グループが、自らの党派性をできるだけ明確にする努力を怠れば、協議会の政治性格が鮮明化することもありえない。
協議会の準備段階で、この点は強く自覚される必要がある。
協議会は、その本来の性格からいって、各グループ間の相談の場である。しかし同時に、党宣言記念集会の成功による個人結集の意欲を最大限に尊重し、協議会の活動に生かすこともまた同時に求められている。
このことは、本来のグループ間の協議という意味を越えて、ある程度政党的あるいは政治サークル的側面も合わせ持つ組織性格を持つことを意味している。その意味で、協議会は矛盾の産物とならざるを得ないし、積極的に矛盾を引き受けなければならない。
したがって、われわれはただ単に協議会では各グループも諸個人も対等な関係で・・・という当たり障りのない美辞麗句をもて遊ぶレベルにとどまるわけにはいかない。もしわれわれがそのレベルにとどまるならば、主観的な意図はどうであれ、形式上のブルジョア民主主義=実質的な官僚主義を押しつけることになってしまうだろう。
確かに地域ごとの標識によって構成される革命政党ならば、綱領・戦術・組織をめぐる横断的な公然たる分派・潮流・フラクション活動が生き生きとした党生活を促進しうる条件がある。しかし、そのような基準の全体性が確立されていない協議会においては、グループと個人の対等性を形式上宣言しても、実質的な構成主体たる各グループに帰属する諸個人よりも分散せる諸個人のほうが活動の困難を伴うのはしごく当然のことである。
したがって、協議会に参加する諸個人が、様々な係争問題について各グループの見解を評価・批判し、同一意見者のグループを主体的に形成する方向に政治訓練を蓄積すること。各グループにとっても、自らのグループへの説得やグループを越えた同一意見者の獲得の努力が問われる。こうした政治的緊張関係なしに協議会にはらまれた矛盾を揚棄するすべはない。
あえて言えば協議会とは革命政党へと乗り越えられるべき矛盾である。だから、われわれが目指す協議会とは、5年も10年もやるべき事業ではないのだ。もしそんなことになれば、われわれは信頼も権威も勝ち取れないし、ひとつの喜劇を、しかも観客がどっとひいてしまうような悲喜劇を演じることなってしまう。また、協議会がはらむ矛盾を自覚的にとりあげ、それと格闘する気がないなら、それはそう思う人たちの自由なのだから、局所的なサークル活動にいつまでも安住する、夢想なき現実主義者であればいい。
協議会は一刻も早く、分立する諸グループ・諸個人をひとつの革命政党へと結合し、変革すること、つまり、対立する分散性をひとつの共通基準をもつ多様性へと統合することを目的とする。だから、協議会は一致点を妥協として形成し、統合の御旗のもとに相違点をあいまいにし、軽視するのであってはならない。
それでは論争の隠蔽であり、論争の隠微な先送り、いびつな再燃をもたらすだけである。逆に党的な核心的な基準を確立できれば、論争点は、綱領・戦術・組織をめぐる、より積極的な論争として高いレベルで発展させられるべきである。
まず何よりも、諸グループが党派性を鮮明にする義務がある。諸個人は義務的ではないが、自己の政治見解を他者に鮮明に突きつけることが促される。その政治主張は、協議会段階では、地域ごとの標識ではなく、同一意見者の横断的なグループ形成がむしろ主要な基盤となるべきであろう。
協議会の活動において、自律的な共産主義者として自己形成する、こうした公開の政治訓練がどうしても必要となる。さもなければ、協議会の発展、すなわち協議会の否定としての革命政党への脱皮は不可能であろう。