報告 - 社会主義キューバにおける精神保健事情

大賀 達雄


1 キューバの医療制度

 今年の2月、私は初めてキューバを訪れた。昨年、映画「ブエナビスタ・ソシアルクラブ」が日本でも話題となったが、目下のところキューバブームである。私達のまわりでも、キューバを訪れている人は何人もいる。昨年11月にはアメリカの経済封鎖に反対して、ハバナで「第2回キューバ国際連帯会議」が行われ、118カ国、4000名が集まり、日本からも20名ほどが参加した。
今回キューバを訪れた目的は、キューバの精神保健ケアシステムを知ることであった。一昨年ブラジルに滞在していた友人から、まったく予想していなかったが南米の精神保健ケアシステムはキューバがモデルとなっている事を聞いたことがある。しかし日本において、キューバの精神保健システムはあまりにも知られていないのが実情である。日本でキューバの精神保健の情報を得ることは殆どできない。1995年に「労住医連」の天明佳臣氏(港町診療所・医師)達がキューバ政府の医薬品支援の要請を受けて医療視察にでかけ、その時精神科医が一人同行したぐらいである。そのようなわけで、南米の精神保健ケアのモデルとなっているキューバに出かけるのは、精神医療関係者では初めての試みなのである。
キューバ革命は、史上前例のない平等社会を達成している。「女男、黒人白人、党籍の有無などによる差別を認めない人民の平等性」(樋口篤三 2000)を実現している。従って、ノーメンクラツーラは存在せず、国民の間ばかりではなく、国民と指導者の間も平等である。
そのような社会において、精神障害者がどのように扱われているのかは興味あることである。

 キューバの医療システムの概要(天明佳臣 1995)は以下のようなものである。
キューバでは医療費は無料で、医療機関が3段階に機能別に類型化されている。第一段階のプライマリー・ヘルス・ケア−は、ポリクリニコ(policlinica)とコンサルトリオ(consultorio)に勤務するホームドクターによって担われている。第一線はポリクリニコで、一人の医師が約120家族(700人前後)の健康管理と予防を行い,必要に応じて患者さんをコンサルトリオに送る。ホームドクターは全国で25000人で,これは全医師数のほぼ半数にあたる。コンサルトリオはプライマリ・メデイカル・ケアも行い、内科,小児科,産婦人科,精神科,総合科(medicina general integral)の外来がある。ただし入院設備は持っていない。総合科は、ポリクリニコの医師の相談、受診した患者さんの治療、地域内の保健活動,医師の研修等を行う。
第二段階は,14の診療科を持つ総合病院で,コンサルトリオから送られてくる患者さんを診療する。全国に268ヵ所ある。第三段階は,専門分化した29から30の診療科目を持つ第3次病院である。全国15州にひとつずつある。各州の患者さんの99.9%はここで対応できるが,0.1%は,ハバナ州のアルメヘイラス総合病院に送られる。ここは39の専門診療科目を持っている。
 キューバの人口はおよそ1000万人(1996年)、平均寿命は男性73.5歳,女性77.5歳である。医療スタッフは,医師数55000人、看護婦75000人、医療技術者65000人である。

2 キューバの精神保健ケア

キューバは、1995年より正式に精神保健の地域化政策に踏み出した。現在は、1995年−2005年の計画のさなかにある。イタリアの地方政府がキューバの精神保健にNGOとして、協力している。 
 精神保健システムも、先に見た「ホームドクター制度」に基づいている。従って、医療圏が明確になっていて,第一次医療,第二次医療、第三次医療の3つに分かれている。
 第一次医療は,ポリクリニコ、精神保健センター(community center of mental health 主に予防,教育を担当している),第二次医療は,病院(総合病院の精神科)、第三次医療は、精神保健の場合研究開発を主として行っている。精神保健センターは、まだ建設の途中でハバナ市では15地区のうち、現在5地区に作られている。
 キューバでは出来るだけ入院をさせない方針で、地域ケアに力を入れている。
 
 精神科医は現在4000人いる。日本の4倍にあたる。精神医療の水準は決して低くはない。専門医になるために、3年間の教育がある。
 看護婦は、5年制と3年制の養成期間となっており、前者はほぼ医師と同格で、診断することも認められている
薬は国内生産もしているが、ほとんど(80%)donation(寄付) に頼っている現状である。
精神医療の内容を見ると、精神分析はどこでもおこなっていないが、他のものはヨガ、漢方、鍼に始まり、自律訓練、EST(電気ショック療法)、AAなど役立つものは柔軟に取り入れる姿勢を持っている。
急性期の緊急入院は、法律による規定はなく、家族、政府、警察が参加して話し合って決めている。保護室はなく、ベッド拘束で対応しているようである。
 10代の問題としては、不適応や家族との葛藤(アルコールを飲酒する父)などが多くみられ、思春期の問題は、ADHD(注意欠陥症候群)が多い様である。

今回、私は主として5つの施設を見学してきた。それは,ハバナ精神病院、総合病院・精神科の中にあるデイ・ホスピタル、軍関係者や外国人のためのnational mental health center それに地域の精神保健センター と一般のポリクリニコである。

3 訪問した精神保健施設

1 ハバナ精神病院(Habana psychiatric hospital)
 
 1857年に創立され,革命前よりあった広大な敷地を持つ精神病院。
 その当時は,犯罪者,浮浪者なども収容されていて,ひどい扱いを受けていた。
 病院の中に、創立時以来の写真等を展示した博物館がある。
 4100床のうち,現在は50%が入院している。ナイトホスピタルもおこなっている。
入院患者さんの平均年齢、41歳。平均在院期間は半年。50%が5年以内の在院。
スタッフ数は2000人で、そのうち,精神科医87人。一般科もある。
 院長の Eduaroo B Ordas Ducuage 医師は、カストロらと共に革命戦争を戦った勇士。
 この病院では患者さんが6つのステップに分けられている(天明佳臣 1995)。
 @ 入院して診断し、治療方針を決めるまで A 治療を進める中で、病院の生活に溶け込むため、それぞれの患者さんのここでの役割(作業療法やクラブ活動)を決めるまで B 症状の改善が進み、病院の中でなら一人で行動できる段階 C 病院から外部の工場などへ働きに出て夕方戻ってくる D 勤務先の地域の病院へ転院して、そこで診察を受けながら、院外就労を続ける E 自宅より通勤し、時々通院する。ごくたまに検査のために来ることはあっても、ほとんど病院と関係がなくなり、ホームドクターとの付き合いになる。 
 入院は毎日10人程度。重い人(?)が入院する病院であると説明された。それ以外の人は,地域でケアされている。
 作業療法(OT)をしているところを見学する。  
 ひとつの病棟では、ベッド数55で,49人が入院。病名は,分裂病,パラノイヤなど。
昼間の体制は、医師1、医師レジデント2、看護婦5、心理1,ソーシャルワーカー1
夜勤は、看護婦2,テクニシャン(OT)1。作業は,機織り,焼き物,足拭きマットなど。
 病院の中ににプロのミュージシャンを中心に編成された楽団がある。一部患者さんも参加。

2 national mental health center     
 
対象は,外国人(主にスペインや南米)と,内務省(軍)関係の家族
 疾患は、主にアルコール,薬物。入院ベッド数35、平均在院期間は、45〜50日。
 スタッフは、医師10、看護婦26、心理5,ソーシャルワーカー3。一日の外来数45人,デイ・ホスピタルは、神経症15人,精神病15人。
外国人のための宿泊施設(自炊ができ,家族も泊まれる)がある。 
 治療としては、精神分析は行わず、薬物療法、精神療法、集団療法、電気ショック療法、泥療法,鍼等を行っている。
  
 研究部門では、性障害,薬物乱用、薬草、自殺,暴力を対象としている。
 また、3月15,16日にハバナ市で行われる「精神保健国際会議」の主催者ともなっている。参加国は,キューバの他は,アメリカ,アルゼンチン、コロンビア,メキシコなど9カ国。

3 デイホスピタル

@ Fajardo 総合病院

 総合病院の精神科所属。キューバで最初に作られたデイ・ホスピタル。
 対象は神経症者で、一日50人。年間300人。
 プログラムは、集団療法中心で、他にアートセラピー、音楽療法,精神療法,心理劇、クラフトセラピー、運動療法,太極拳などをおこなっている。
 期間は3ヶ月、一日6時間、月曜日から金曜日まで。
 治療期間中、仕事は証明書を発行してもらい休み、給料の70から80%が保証されている。
 スタッフは、医師2,看護婦1、OT2、ソーシャルワーカー1,心理1
 
A Santiago 総合病院

 サンチャゴ・デ・クーバには、他に700床の精神病院がある
 この総合病院は2つの精神科の病棟(薬物依存、精神病)を持っている
 薬物依存10、デイ・ホスピタル30、その他38 の計78床がある
 デイ・ホスピタルのスタッフは、医師2、看護婦1、心理1、サイコメトリー1
OT2。
 治療は、薬物療法、精神療法、リハビリテーション

4 精神保健センター community center of mental health

@ regla地区(ハバナ市15地区のひとつ)

 1990年までは,ポリクリニコであった。1991年に精神保健センターとなる。
 スタッフは、医師4、看護婦12、心理2,ソーシャルワーカー2,福祉1、先生他
 老人のプログラムを持つ。鍼も取り入れている。
 
A ランパ地区
 
 2000年に出来る。
 スタッフは、常勤は3人(ソーシャルワーカーの所長、医師,看護婦)だが、医師5(うち児童精神科医1)、看護婦1,心理2,ソーシャルワーカー4がいる。
 7種類の活動をしているー児童青年期、自殺企図への援助、ストレスの臨床、花から薬を作る活動、アルコール・薬物依存、高齢者への援助、地域リハビリテーション(老人)
 自律訓練、ヨガ、集団療法、AAを行っている。

5 CINSA

ハバナ市の中のポリクリニコ。医師6(うち精神科医2),看護婦7,心理その他,52人のスタッフが働く。利用者は1日200人位。老人、女性、子どものためのプログラムがある。夜はレストランを運営。
 医師,看護婦,心理のチームによる訪問も実施している。      


参考資料

1 天明佳臣 「1995年5月キューバ」 『神奈川労災職業病』 1995年

2 望月清隆 「キューバ医療視察・メモ」 『労働者住民医療』 1995年

3 海風書房編 「キューバ万華鏡−私のキューバ体験」 海風書房 2000年  

                         (3.17.2000


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