1 キューバ精神医療の旅
日本から飛行機を乗り継いで約20時間、ホセ・マルテイ国際空港に降り立ったのは、2月24日の夜10時をまわっていた。
ハバナに6泊、サンチャゴ・デ・クーバに1泊の7泊8日の「キューバ精神保健」のスタデイツアー(主催団体は「途上国の精神保健を支援するネットワーク」)は、こうして始まった。
20数度の気温で、太陽が真上から照りつける気候は、ひりひりと焼ける様にこたえ、南国に来た実感を否応なく与えてくれた。
今回、初めてキューバに行く僕たち6人は精神保健で束ねられたグループで、精神科医、心理療法士、看護婦、精神医療の利用者、及びサポーターからなっていた。だから、まずはキューバの地域精神保健システムの実際に触れてみることが、第一の目的であった。いくつもの精神保健施設を見学先に組み入れて、日本を旅立った。
でも密かに興味を抱いていたのは、「社会主義キューバ」の現状を体験することと、本場の音楽・ダンスに触れてくる事でもあった。キューバ音楽・ダンスはほぼ毎日接して、「トロピカーナショウ」を初めとして、ライブショウをまわり、かなり満喫してくることができた。
一方,「社会主義キューバ」はキューバ共産党やMINSAP(キューバ健康省)と会談を申し入れたにもかかわらず、会うことができずに帰ることになった。とくにMINSAPとは,日本で日程に組み入れたにもかかわらず、変更に次ぐ変更で実現できなかったのは残念に思う(実際は、後に残った2名がようやく会うことができた)。
飛行機の中で大田昌国の『チェ・ゲバラを脱神話化する』(現代企画室出版)を読んでいたのでなおさらであったのかもしれないが、チェ・ゲバラはキューバのいたるところにいて、観光ガイド並みの登場でうんざりするほどであった。「2つ,3つ・・・数多くのベトナムをつくれ、これが合言葉だ!!」(ゲバラ)というのが彼の当時の方針であったが,今グローバリゼーションが世界を席巻し、市場経済が浸透しようとしているキューバの中で,まさにそれを象徴するものに変わってしまったと言えるだろう。
今回は,キューバで実際に生活する民衆の声を聞くことができず、クバナカンというキューバの国営会社の日本語通訳を通して,外からキューバをながめるという形になってしまった。僕たちが持っているのは、市場経済に向かうキューバと、ゲバラの理念でもあった,官僚を作らず人間と人間の関係を大事にする国、というのが公式的に入ってくるイメージである。
確かに道路や公共の建物などのインフラは、すばらしく整備されていたが(勿論この中には病院やクリニックも入るが)、プロレタリアートの住まいは、概して質素で、物も少なく薄暗かった。だが、彼らが僕等異国のブルジョアジー(?)を怪物でも見るような目つきはさすがに少なかったのには救われた。僕たちは星の数を減らしてホテルを予約していたが、プロレタリアートと、観光客との生活の違いは歴然としていた。あまつさえ、言葉もできない僕らは、外から眺めるしかない異邦人でいるしかなかった。
2 キューバの医療・精神保健
キューバの医療システムは、一人の医師が120家族を見る「ホームドクター制度」を
1988年以来とっている。そして医療圏が明確になっていて,第一次医療,第二次医療(精神科はここまで?らしい)、第三次医療(精神科で言えば研究)の3つに分かれている。
第1次医療圏には,ポリクリニコ、コンサルトリオ、精神保健のコミュニテイ−センター(ここは主に予防,教育を担当している),第二次医療圏は,病院(総合病院の精神科がある)、4000床の巨大なハバナ精神病院は別格。
これがキューバ精神保健施設のシステムなのである。
その他のことでは、
* 強制入院
日本の様に法律による規定はなく、家族、政府、警察が参加して話し合って決めている
* 思春期の問題は、ADHD(注意欠陥症候群)
治療には、精神療法、薬物療法、花の生薬を用いている
*10代の問題としては、不適応、家族との葛藤(アルコールを飲酒する父の問題)など
*南米から奨学金を出して5000人の医学生を受けている
*医師の養成 精神科医は全体で4000人(日本の4倍ほど)、専門医になるために、3年間の教育がある
看護婦は、5年制と3年制の養成があり、前者は診断することも認められている
3 訪問した精神保健施設
1 ハバナ精神病院(habana psychiatric hospital)
1857年に創立され,革命前よりあった巨大な精神病院。
その当時は,犯罪者,浮浪者なども収容されていて,ひどい扱いを受けていた。
病院の中に、創立時以来の写真等を展示した博物館がある。
4100床のうち,現在は50%が入院している。ナイトホスピタルもおこなっている。。
入院患者さんの平均年齢、41歳。平均在院期間は半年。50%が5年以内。
スタッフ数2000人。そのうち,精神科医87人。一般科もある。
院長の Eduaroo B Ordas Ducuage 医師は、カストロらと革命戦争を戦った勇士。
この病院では精神障害者が6つのステップに分けられている。
毎日の入院者は10人程度。説明では重い人(?)が入院する病院。それ以外の人は,地域でケアされている。
作業療法(OT)をしているところを見学する。
ひとつの病棟では、ベッド数55で,49人が入院。
病名は,分裂病,パラノイヤなど。
昼間の体制は、医師1、医師レジデント2、看護婦5、心理1,ソーシャルワーカー1 夜勤は、看護婦2,テクニシャン(OT)1
行っている作業は,機織り,焼き物,足拭きマットなど。
病院にプロのミュージシャンを中心に編成された楽団がある。一部患者さんも参加。
2 national mental health center
対象は,外国人(主にスペインや南米)と,内務省(軍)関係の家族
疾患は、主にアルコール,薬物
入院ベッド数35、平均の在院期間は、45〜50日
スタッフは、医師10、看護婦26、心理5,ソーシャルワーカー3
一日の外来数45人,デイ・ホスピタルは、神経症15人,精神病15人
外国人のための宿泊施設(自炊ができ,家族も泊まれる)がある。
治療としては、精神分析は行わず、薬物療法、精神療法、集団療法、電気ショック療法、泥療法,鍼等を行っている。
研究部門では、性,薬物乱用、薬草、自殺,暴力を対象としている。
また、3月15,16日にハバナ市で行われる「精神保健国際会議」の主催者ともなっている。
参加国は,キューバの他は,アメリカ,アルゼンチン、コロンビア,メキシコなど9カ国。
3 デイホスピタル
@ Fajardo 総合病院
総合病院の精神科所属。キューバで最初に作られたデイ・ホスピタル。
対象は神経症者、一日50人。年間300人。
プログラムは、集団療法中心で、他にアートセラピー、音楽療法,精神療法,心理劇、クラフトセラピー、運動療法,太極拳などをしている。
期間は3ヶ月、一日6時間、月曜日から金曜日まで。
仕事は証明書を発行してもらい、給料の70から80%が保証されている。
スタッフは、医師2,看護婦1、OT2、ソーシャルワーカー1,心理1
A Santiago 総合病院
サンチャゴ・デ・クーバには、他に700床の精神病院がある
この総合病院は2つの精神科の病棟(薬物依存、精神病)を持っている
薬物依存10、デイ・ホスピタル30、入院38 の計78床がある
デイ・ホスピタルのスタッフは、医師2、看護婦1、心理1、サイコメトリー1
OT2
治療は、薬物療法、精神療法、リハビリテーション
4 精神保健センター community center of
mental health
@ regla地区(ハバナ市15地区のひとつ)
1990年までは,ポリクリニク。1991年に精神保健センターとなる。
スタッフは、医師4、看護婦12、心理2,ソーシャルワーカー2,福祉1、先生他
老人のプログラムを持つ。鍼。
A ランパ地区
2000年に出来る。
スタッフは、常勤は3人(ソーシャルワーカー、医師,看護婦)だが、医師5(うち児童精神科医1)、看護婦1,心理2,ソーシャルワーカー4がいる。
7種類の活動をしているー児童青年期、自殺企図への援助、ストレスの臨床、花から薬を作る活動、アルコール・薬物依存、高齢者への援助、地域リハビリテーション(老人)
自律訓練、ヨガ、集団療法、AAを行っている。
5 cinsa
ハバナ市の中のポリクリニコ。医師6(うち精神科医2),看護婦7,心理その他,52人のスタッフが働く。1日200人位の利用者がある。老人、女性、子どものためのプログラムがある。夜はレストランを運営。
医師,看護婦,心理による訪問も実施している。
3 キューバの精神保健について
上に触れたように,今回僕たちが見てきたのは、主として5つの施設ということになる。それは,ハバナ精神病院、総合病院・精神科の中にあるデイ・ホスピタル、軍関係者や外国人のためのnational
mental health center それに地域の精神保健のcommunity
center と一般のポリクリニコである。
箇条書き風に,印象を羅列してみる。
・ キューバの医療は,日本に較べると大量の人材を養成して行っている。
精神科医の数は日本の4倍。精神医療のレベルは不明で全体は分からないが、高度な内容も持っているようだ。
・ 設備は整っているが、十分に使われていない可能性もある
・ 地域化を大胆に進めていて(正式には95年から)、入院させないでデイ・ホスピタルやコミュニテイセンターでの治療・予防活動を行っている。
・ 薬は国内生産もあるが、ほとんど(80%)donation(寄付)
に頼っている
・ キューバの精神医療は折中的で、精神分析は取り入れていないが、他のものはヨガ、漢方、鍼に始まり、AA、EST(電気ショック療法)など役立つものは取り入れる姿勢を持っている。
ここに僕達が援助を提供することが出来る余地はあるように思えた
最後に,帰りに立ち寄ったメキシコで、メキシコシテイーに向けたサパテイスタ民族解放軍(EZLIN)の行進(2・25−3.11)がいくつもの新聞で大きく取り上げられていたことを,僕達の連帯の意をこめて報告しておく。
(3・5・2001)
注1 これはほとんどが飛行機の中で書かれた第一報である。キューバの精神保健の実績を示す資料が手に入りしだい、続報をお届けする。