source: 『風をよむ』No.53 2000.11.25 編集:共産主義者同盟首都圏委員会
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ひょんなことからキューバ訪問の幸運を得た。11月10日から開催される「アメリカのキューバ経済封鎖に反対する国際集会」に参加するため、約1週間の日程でキューバを訪れる。世界中から3000人が参加するという。
参加が決まったとき、ふと思い出したのは、第二次ブントの元議長で再建準備委員会(旧情況派)の代表だった故松本礼ニさんのキューバ訪問のことだ。1971か72年頃だったと思う。当時、羽田空港の国際線ロビーで仲間数十人で見送った。60年代からの全共闘運動や国際反戦闘争の敗北、そして、ブントの分派闘争などが続く後退期の中、何とか活路を見出したかったことが松本同志のキューバ訪問へと繋がったのだろうか。当時、いち同盟員にすぎない私には、わけもなく喜んで見送ったのを覚えている。
それから30年近くの歳月がたち、当時とは時代も政治情勢も変化した。ソ連をはじめ社会主義諸国の崩壊を受け、キューバの抱える難題も一層加重されている。1週間程度の訪問で何がわかるかは疑問だが、私なりの「キューバ紀行」を書き留めておこうと思う。現地で得たナマの情報は次回にするとして、第一回目は、本誌の読者に、私の旅立つ心持ちと、未見のキューバ理解を、とりあえず記しておきたい。
第三次キューバ危機からの脱出を目指すカストロ政権
「キューバは革命以来、最大の危機を脱した」。今年の2月、何度目かのキューバ訪問から帰国した協同社会研究会の樋口篤三氏の話である。
ソ連・東欧圏の崩壊で輸出入の3分の2を失い、91年から94年をピークに極端な経済的打撃を受けたキューバ。90年代は、自力で立ち直るための悪戦苦闘が続けられてきた。 周知の通り、キューバは、ソ連・東欧のコメコン体制に深く依拠することで、相対する米帝国主義に対抗してきた長い歴史がある。東欧やソ連の「社会主義」が解体したとき、キューバの貿易は根本的に破壊され、麻痺してしまった。キューバ経済に不可欠な輸入製品のすべてを失ったのである。(輸出市場の85%、50%強の燃料、75%の輸入品を一挙に失った)。
1991年のキューバ共産党第4回大会は、当面する食料計画に全力を傾注するいっぽうで、自立経済の建設をめざした。その基本は、経済の開放政策である。キューバはかねてから、米帝による市場経済の他国への押し付けに反対してきたが、市場経済の部分的導入に踏み切らざるを得なかった。93年には外貨の保有を合法化することを決定、観光産業の育成をはかり、外貨の獲得を狙った。その他、経済再建のためにとられた政策を列挙すると、食料増産の緊急措置として都市農業の育成、協同組合の労働者に国有地の58%を無料貸与、補助市場を認め、農業・畜産,工業製品に自由価格を設定するなど、相次いで自由化政策を打ち出した。
その結果、94年にはささやかながら0.7%の経済成長を獲得、その後、95年・2.5%、97年2.5%と経済成長の軌道にのってきた。99年には計画2.5%の成長率を大きく上回って6.2%となっている。キューバ大使館が発表する「経済白書」によると、これらの状況を概括して、
「キューバ革命(この間の危機)が消滅する時期を予測されたりもしたが、すでにわが国民の生存能力を疑問視する見方は存在しなくなった」と自信を見せている。一人あたりの国内総生産は他の中南米諸国の平均が−1.6%だったのに対し、キューバは5.6%の成長を遂げているというのだ(99年国連LA委員会)。さらに「白書」は課題をも指摘する。93年より減産の続く砂糖生産と、外貨収入の不足である。とくに外貨状況の悪化は依然続いており、復興経済への投資の妨げになっているという。主な投資先は観光、石油開発、火力発電所などが対象である。ドルの自由化は、観光産業などで蓄積されたドルを吸収し、国庫を通じて製品輸入の代金として当てられる。だが、同時にドルの流通によって、ドルにアクセス可能な人々とそうでない人々との経済格差を生む。観光産業に携わる都市部の人々と、地方の公務員や教師、知識人との収入格差なども問題視されているようだ。
こうしたキューバの開放政策が、中国の開放政策やベトナムのドイモイ政策とどう違うのか、ここで論及する余裕はないが、キューバの開放政策がさまざまな社会矛盾をいっぽうで生み出している事実も各方面から指摘されている。そうした現実も見てこようと思う。
第3世界、途上国の代表として、米帝の世界覇権に対抗するキューバ
経済的には苦しい国情をかかえるキューバであるが、国際社会の中では、きわめて突出した反米帝・反覇権闘争をたたかってきた。92年、ブラジルで開催されたいわゆる「環境サミット」では、「先進国は、環境債務を返済せよ」と呼びかけるカストロの演説に、途上諸国から大きな拍手が沸いている。世界の資源独占、富の独占、軍事的環境破壊の最大の責任者である先進諸国に対し、その償いの義務を「環境債務」と表現したのである。巨額の対外債務にあえぐ、途上諸国から共感を得たのは当然である。96年、ローマで開催された「食糧サミット」期間中、最も人気の高かったのはカストロであった。「飢餓は貧困と不可分であり、富めるものは飢えを知らない」と先進諸国による飢餓人口を半減させようとの空文句・ローマ宣言を批判した。そして、今年の4月、ハバナで開催された「途上国133ヶ国首脳会議」(通称G77)では対外債務の重圧にあえぐ133ヶ国の首脳を前に、カストロは演説する。「グローバリゼーションの恩恵が、80%を犠牲にし、人口の20%の手にしか届いておらず、富める国とそうでない国との深淵はますます広がっている」と。米帝主導のグローバル化を批判した。このハバナ宣言は、沖縄サミットに対して、ナイジェリアの大統領を通じて送付されたという。
こうしたキューバの外交戦略は、国連の舞台でも繰り広げられている。92年、キューバが提案した「米国の経済制裁の解除を求める決議」は、賛成59、反対3、棄権71であった。それが年々棄権国が減り、99年には、賛成155、反対2、棄権7にまで至っている。長年、制裁解除に反対してきたアメリカ、イスラエル、日本の3悪国の一角であったさすがの日本も反対派から離れている。一方で、米国が毎年国連人権委員会に提案してきた「キューバの人権状況を非難する決議」は今年の4月に初めて否決された。アメリカとキューバをめぐる国際世論が大きく変化しつつあることの現れであろう。昨年来のエリアン君問題でアメリカがとった慎重な態度も同様である。来る11月、「アメリカの経済封鎖に反対する国際連帯集会」を世界に呼びかけた背景には、こうした国際情勢の変化とキューバの経済復興への自信の裏づけに基づいたものだと思う。
キューバ制裁の最近の動き
渡航直前になってキューバ側から緊急のブリーフィングを受けた。米国においてキューバ制裁に関するいくつかの法案が10月に相次いで成立したというのである。もともとキューバ制裁の大元になっている「トリセリ法」やクリントン政権下で成立させた経済封鎖のための「ヘルムズ・バートン法」に加えて、あらたな米国の動きだという。そのひとつが「人身売買・暴力の犠牲者保護法」である。多少ややこしいのは、このタイトルから想像される内容とは異なり、法案の中身に、米国銀行に凍結されているキューバ資産を反キューバテロ組織の犠牲者の遺族に補償金として支払うという内容が含まれている。次いで「農業予算法」修正案が承認され、キューバ制裁に関するかなり大きな拡大が含まれている。すなわち、@医薬品・食糧販売に関する大幅な規制、A公的・私的融資の禁止、相互貿易の可能性の排除、B米国人のキューバへの渡航の禁止(これまでは制限していたものを法的に成文化した)これにはキューバ政府は危機感をもっているようだ。この間の米国の大統領選挙にからんで、クリントン側による接戦のフロリダ州の亡命キューバ社会の集票目的であるという説もある。しかし、いま情報の入った「ブッシュの勝利」を見ると、反キューバ姿勢の目立つ共和党の勝利で、カストロ政権はまたまた苦しい立場に追い込まれる可能性はあるだろう。客観的に傍観するつもりはさらさらないので、こうした最近の情報を含めて、キューバを見ていく視点の材料としてここに書いた。
(追記)
さて、いまのところ、集会のスケジュールなど、キューバ側からの情報が少ないため、分科会の内容など今ひとつはっきりしない。(宿泊するホテルすら不明)この集会を通じてキューバ政府は何を求めるのか具体性は不明である。だが、この間のキューバの外交やカストロの発言などを見る限り、政治思考のレベルでは革命キューバの理想は放棄されていないと、私は思う。経済改革などの現実政治を経験したことのない日本の左翼が、軽々に開放政策を評論するのは慎みたいと思う。
われわれの目標は「人の人に対する支配、したがって階級支配一般の廃絶である」(風をよむ52号)。この最低限の基準で言えば、キューバは、ソ連や中国の社会主義体制とは異なる実践を目指しているように見える。「類まれな平等社会」という印象は、歴代の駐キューバ日本大使ですら認めざるを得なかった。キューバを訪れた多くのキューバウォッチャーが熱く語るのを聞いた。また、「赤い貴族(ノーメンクラツーラ)は存在せず」と、冒頭の樋口氏がさかんに強調するのを聞いて、さまざまな制約の中で、格闘するキューバの実際を少しでも見てこようと思った。それは第3インター・マルクス主義の系列に入るキューバ共産党であるとしても、さまざまな民族、歴史の中で培われてきた社会主義のあり方を考える上においても大事なことだと思う。柔軟な心持ちで非権威主義的左翼の結集をめざすわれわれの情報収集だと理解してもらいたい。
法律の名称や経済問題など何の説明も無く書き走っているため参考に、少ないキューバ文献の中からいくつかを紹介しておこう。
○ 「キューバ変貌」(三省堂)伊高浩昭 99年4月刊
○ 「カストロ革命を語る」(同文館)後藤政子編訳 95年12月刊
○ 「カストロ・民族主義と社会主義の狭間で」(中公新書)宮本信生 96年3月刊
○ 「現代キューバ経済史」(大村書店)新藤通弘 2000年3月刊
○ 「風はキューバから吹いてくる」(同時代社)大窪一志 98年7月刊
○ 「キューバ紀行」(岩波新書)堀田善衛 66年1月刊
○ 「キューバ」(岩波新書)池上幹徳訳 60年刊