
1月10日昼から元ペルー大統領フジモリの強引デビュー、拓殖大学での講演「回想−テロリズムとの戦い」に抗議し、「フジモリを被告席へ!行動」に参加しました。APRA(アメリカ革命人民同盟)、在日ペルー人やピースボートのみなさんもふくめ40名ほどの、スペイン語、日本語いりみだれての現場的な国際的友好と連帯にみちた抗議となりました。
ペルーの人々、政府・司法当局がフジモリの数々の犯罪を指弾し、ペルーでの法的裁きを求め、このことが国際問題に発展している時、日本政府ばかりか大学当局がフジモリをかたくなに庇護し、公的登場の機会を与えるとは、絶対に許せないことです。ペルー人として10年もペルーを支配した人間が、都合が悪くなると実は日本国籍でしたってことで罪と責任から逃げ回っているのですから。独裁者ピノチェトを世界的な闘い・国際世論の力でついにチリの法廷にたたせたように、日本の地でフジモリと彼を庇護する政府・当局を追及するうねりをもっともっと大きくしていく必要があります。
「フジモリを被告席へ!行動」はACA(反資本主義行動)の仲間たちによってネットを中心に急きょよびかけられた緊急行動でした。当日、「フジモリを被告席へ!行動」は、拓殖大最寄駅の茗荷谷駅とは別の場所に集まり、フジモリの講演開始時刻の1時間以上前、午後1時過ぎに20名でいきなり拓殖大学正門前に登場し、横断幕、旗、ビラまき、そしてハンドマイクで抗議を開始しました。ガードマン、警察の警備に守られ、途中ほろつきの警察車輌が露骨に大学構内に入っていくなど、日本政府・警察によってフジモリが庇護されている実態がよくわかりました。
正門ごしに中にいる学生にもビラをくばると、数々の虐殺、国家的テロルを実行してきたフジモリが「テロリズムとの戦い」といった講演をすることの不当さの説明に耳を傾ける学生もいます。また逆に、こちらのシュプレヒコールにたいして、愛校心的な意識からか、あるいは会場防衛的な体育会的な動員なのか激しく反発してくる学生もいました。
抗議行動を開始してしばらくすると黒塗りの車にのってフジモリを積極的にかくまってきた曽野綾子がやってきました。最初に見つけた仲間が「なぜフジモリをかくまうんだ」という追求に、ただ一言「キリスト教徒ですから」と答えただけでした。ペルーのキリスト教徒が怒るぞ!
拓殖大学正門前には、APRA(アメリカ革命人民同盟)や在日ペルー人のかたがたが次々合流し、10名以上になって元気よくアップテンポで抗議のコール、アピールをつきつけました。フジモリはビン・らディンと同じだという主張もありましたが、メインは「フジモリ、ペルー人」「フジモリ、ペルー人」(コール)だからペルーで法の裁きを受けることから逃げ回るのは許せないというものでした。
途中代表2名が構内に入って抗議文を突きつけました。在日ペルー人やピースボートの方々も「フジモリを被告席へ!行動」が用意したハンドマイクをかわりばんこに手にしてアピールし、抗議し、拓殖大学正門前はごちゃまぜの国際的連携の場と化し、とても積極的な抗議行動になったと思います。最後に茗荷谷駅に向う時、在日ペルー人のかたがたの暖かい友好連帯の拍手を背中に受けて。(津村 洋)

フジモリ氏に講演の場を与え、客員教授に迎え入れる拓殖大学に抗議します。
学校法人拓殖大学学長 坂田 勝 殿
私たちは、ペルーの前大統領であるアルベルト・フジモリ氏に講演の場を与え、客員教授に迎え入れようとする拓殖大学に抗議します。
フジモリ氏は、現在ペルーにおいては、数万ドルといわれる職権濫用による横領の疑惑、あるいはコカイン密輸組織との癒着の疑惑、「ゲリラ掃討作戦」時に市民25人を巻き添えに誘拐、殺害した罪(そして大統領職の「職務放棄」など)により司法当局に追及されている人物です。ペルー政府は現在ICPOなどを通じて国際的にフジモリ氏を追及することも検討しており、フジモリ氏のペルーへの引渡しを拒み、保護する日本政府へもペルーをはじめ、国際的な非難の声が寄せられています。
フジモリ氏の講演の演題は「テロリズムとの戦い」とのことです。1997年4月22日のペルー・リマの日本大使公邸への特殊部隊の突入の際、当時ペルー大統領であったフジモリ氏は「誰も生かしておくな」と指令を下し、捕虜として正当に処遇されるべきMRTA(ツパク・アマルー革命運動)メンバー14名全員を虐殺しました。貴大学は、少なくとも四名のMRTAメンバーが戦闘を回避し、投降していたにもかかわらず殺害されている事を御存知でしょうか?捕虜の虐待・殺害は明らかに国際法違反です。
MRTAは大使公邸占拠中を通じて人質たちの生命を尊重して交渉を通じた平和的解決に到達するよう努力していたにもかかわらず、当時のフジモリ大統領は一方的に武力不使・交渉の約束を反故にし「テロリズムとの戦い」と称して国家的テロルを発動し人質の命をも奪い去ったのです。
人質でただ一人、特殊部隊突入時に死亡したペルー最高裁判事であったカルロス・エンリケ・ジウスティ氏は、特殊部隊の銃弾によって死亡していることが判明しています。ペルーでは当時のフジモリ独裁政権下で、権力の濫用と腐敗を常に追及してきた判事を処理するために意図的に殺害されたのではないか、という疑惑もペルーの日刊紙「ラ・レプブリカ」97年4月27日の記事で提出されているのです。
このように、フジモリ氏による「MRTAからの人質救出」は、「テロリズムに対する正義の戦い」などと賛美することは到底出来ないどころか、人質を一人も傷つけなかったMRTAに対し、フジモリ氏自身こそが国家権力を振りかざした残忍な「テロリスト」であった、とさえ言えるのではないでしょうか。フジモリ氏は彼が心酔するチリの独裁者・ピノチェトの手法を真似て、クーデターによって政権を維持していた人物である事も付け加えておきます。そして、そのピノチェトが国際世論の力で、ついには司法当局の裁きが及んだことも。
貴大学は以上のようなフジモリ氏への疑惑を承知した上で、フジモリ氏に講演の場を与え、客員教授に迎え入れようというのでしょうか。まったく国際的な道義、常識に反し、ペルーの人々の神経を逆撫でにする行為だと断じざるを得ません。また、貴大学の人権と民主主義に関する感覚も疑わざるを得ません。このことは、貴大学が「植民地開拓大学」として日本のアジア侵略に加担し、とりわけ台湾の植民地化の尖兵となってきたことを反省していない証左なのでは、との疑念さえ生じるのです。
私たちは、貴大学がフジモリ氏に講演の場を与えたことに抗議します。そして貴大学がフジモリ氏に講演の場を与えることを即刻中止し、客員教授として迎え入れることのないよう求めます。また、貴大学が国際的常識、民主主義的感覚を取り戻し、フジモリ氏がペルーで裁きを受けるよう、フジモリ氏本人、そして日本政府に働きかけるように要請します。
2002年1月10日
フジモリを被告席へ!!行動

【訳註:APRA:アメリカ革命人民同盟American Popular Revolutionary Alliance
(APRA)1924年創設 民族主義的な左翼政党】
亡命者たちへの公開状
フジモリ氏にたいして
私たちは以下のことを伝えるためにこの手紙を書いています。
日本に在住するペルー人コミュニティは、フジモリ氏がペルーでの法の裁きから逃れようとする振る舞いを止めるよう要求します。フジモリ氏は、リマの日本大使公邸で投降したものたちへの非合法の処刑を指揮し、日本人を含む多くの目撃者によって非難されてきた非人間的な犯罪について責任を取るべきです。
フジモリ氏は、いわゆる「MIG 29」のようなガラクタを相当な高値で買い取ったことを償うべきです。日本の人々があなたを信用して提供した金品が消え去り使途不明となっていることを釈明すべきです。暗殺処刑部隊(GRUPO MOLINA)による La Cantuta 大学での学生・教授殺害、Barrios Altos の虐殺に責任を取るべきです。非常事態地域での行方不明者の問題に返答すべきです。コロンビア・ゲリラとの麻薬と武器の非合法な取引への関与の罪を認めるべきです。公共事業の売上からの資金流用を賠償すべきです。1992年のクーデターの責任を取るべきです。大統領再選の強引かつ非合法の企み、選挙基本法違反の罪を認めるべきです。その他たくさん責任をとるべきことがあります。
フジモリ氏は、ペルーと日本とを取り持つ良好な相互関係にとって妨げとなっています。日本に在住するペルー人コミュニティにかかわる諸問題についての対話をフジモリ氏は押し留めているのですから。フジモリ氏は、日本の人々の親切なもてなしを悪用し、虫のいいご都合主義でペルーでの法の裁きから逃げ回っています。あなたは臆病で無責任なのです。
フジモリ氏は10年の間ペルーを統治し、数多くの国際舞台で私たちペルー人を代表してきました。フジモリ氏は今、真実に向き合い、ペルーの聖なる法廷に罪を告発すべき時です。飢え貧困にあえぐ人びとに対する犯罪、その責任を受け入れるべきです。ペルーの国と人びとに対してウソ偽りをなしたことの責任を取るべきです。フジモリ氏は皆の恥じであり、分別あるすべての人々にたいする侮辱です。
結論
ペルーの法廷にて処罰を受けるべきです。フジモリ氏は民主主義のもとで確実にその権利を守られるでしょう。
2002年1月8日
(翻訳:津村洋)

