(情報ソース:「人民新聞」および日本赤軍非公式サイト etc.)
一.
日本赤軍派の誕生日ともいえる五月三〇日を迎え、更なる不屈の、革命任務を担う決意を込めて、日本人民、同志友人に日本赤軍に結集した全ての戦士の名において、心から連帯のあいさつをおくります。私たちが、日本人民を代表して、アラブ・パレスチナ人民と手を握り合って六年目、リッダ闘争から五年目の、五月三〇日を迎えようとしています。その間私たちは少なくない革命の教訓を一つずつ導き出そうとしてきました。私たちは、失敗を数えきれない程してきました。そして、失敗を克服する闘いの中から、自らを革命化することを通して、不滅の生命力を養うことを学んで来ました。今、私達は日本人民、同志友人と共に日本革命を勝利完成する闘いの中にささやかな教訓を返し、一つの階級の責務を共に担いつづけることを約束します。
日本革命をめざす者が、日本のことを知らなければ、闘う方向を見失ってしまうことは、道理ですが、日本赤軍形成母体であった若い革命運動の勇気と情熱、ごうまんと主観主義の例外にもれず、私たちもまた、多かれ、少なかれ、日本の中で教訓を蓄積しないまま、自らの失敗を正当化し、自らに幻想をたくさん抱いたまま、日本人民のことを真剣に知りえず、アラブでの闘いに出発して来ました。多難の中で、うまくいかなければ情況や対象や時代のせいだ、と思ったり、うまくいけば自分たちの実力を過信するという様な、根本の思想が、帝国主義支配の中で育んだ思想基盤を知らず知らずに肯定したところでしか、闘いきれていませんでした。だから、連赤や諸派の失敗があれば、革命を志す者の共通の責任としてとらえず、自分たちは闘っていて、まちがいをおかさないのに、新左翼はダメだという固定的な見方・批判をもって、自分たちだけが苦労して革命を担っているという様な悲壮な観点によってたっていたといえます。私たちは、数えきれない教訓を一つ一つ得る度に、その中から勝利の確信を一つ一つうちかためて来ました。そして今もまた、その途上にあります。抑圧された人々が、歴史の主人公となり、自らの力で、未来を切り拓く正義の闘いは、いかなる困難に直面しょうとも、必ず勝利するという確信は、闘えば闘う程、失敗すれば失敗を通して、ゆるぎない確信となって、私たちを支えています。そして、勝利の確信が強まれば強まる程、どの国の革命でもそうである様に、無名の先達が、勝利によって証した様に、私たちもまた、団結を唯一の武器として闘って初めて、日本革命を勝利完成させることが出来るのだ実感しています。
私たちは敵共によって、また、私たち自身の不十分さの中から、この六年間の間に、真に日本赤軍が一体何を考え、どの様な社会を実現するために闘っているのかを、日本の人民・同志・友人に伝えることが、出来ませんでした。私たちの闘いの不十分さに加え、武装闘争に対する神秘主義や、アラブ・パレスチナ革命戦場に対するブルジョアマスコミのゆがんだ伝達を通し、日本の人民・同志・友人と一致団結して闘う道をきりひらきえていません。日本の人民・同志・友人と共に担う階級的団結ぬきには、私たちは、敵共を壊滅することができません。私たちは、日本赤軍に対するこれまでの誤解や、神秘主義、そして批判を、まず自らの不十分性の結果として、受け止めていきたいと思います。そして、自己を更に批判的に改造するところから、日本帝国主義に対決する被抑圧人民・同志・友人と団結し、力をあわせて、日本の人民共和国を実現するために闘いつづけることを約束します。
二.
人民の利益を実現し、人民の団結をめざすいかなる闘いも、無限の後続部隊を歴史の中に育成し、闘う人々へ引きつがれてきたように、日本赤軍の先達が切り拓いたリッダ闘争は、今、益々したたかに、アラブ、日本人民連帯の礎石となって拡がりゆく闘いを支えています。しかし、同時に日本赤軍はリッダ闘争によって示された国際主義の実現の中で、その切り拓いた責務の大きさを、しっかりと果たしえず、十分に人民連帯を、日本の革命運動へと、実践しきれてきませんでした。唯、武装闘争を持続発展させる中から、リッダ闘争の非妥協の闘いの地平を堅持しぬくことにとどまってきました。パレスチナ人民との共同武装闘争であるリッダ闘争の非妥協な敵との対峙は、担い手たる私たちの即自的な主観的展望を越えて、はるかに持久的で広い階級的団結を、客観的に不滅なものとして築きました。それは、パレスチナ人民の闘いの地平に支えられ、私たちや、パレスチナ指導勢力の階級的な飛躍を要求していたといえます。
しかし、私たち日本赤軍は、自らが限界や不十分性をもって闘ったというリッダ闘争の主体的な内容を問わずに来ました。リッダ闘争を勝利の側面からのみとらえ、その地平を発展させることに全精力を費やしてきました。日本赤軍の当時の思想的未熟を問い、高める方法を、武装闘争の飛躍によってのみ問い、革命任務を、武装闘争の持続に一面化する軍事一点ばりの観点をもって闘いつづけてきました。そのことから、武装闘争の勝利によって、逆に思想的未熟さや、不十分性を清算しながら、運動的発展に依存し、強固なものと錯覚し、隊伍の中味を十分に問わずに来ました。パレスチナ指導勢力もまた、同じ問題を問わずに来たのだと、私達日本赤軍は考えています。リッダ闘争そのものが、客観的に実現した階級利益の闘い、国際主義の実現とうらはらに、私達日本赤軍は犠牲性や勇気にとどまらない真の革命思想へと、自己を革命化することに遅れて来ました。そのことを真剣に問い得たのは、同志の被逮捕、自供によってでありました。
リッダ闘争を実現する日本赤軍の初期の不十分性は、日本革命運動の不十分性と照応する関係にあります。未経験や、思想的立場の無自覚さ、不徹底さ故に、帝国主義支配の価値基準を知らず知らずに肯定した自己の立場を、闘いの中で、革命していくことに、頓着して来なかったということが言えます。革命を理念的にとらえ、生活を基盤とした力を組織しきれて来ませんでした。私たちは、日本の革命運動が、敵との非妥協な思想性によって対峙しえていない観念論議であることに反発し、逆に、自らは行動によって、非妥協性を実現することを自己目的化する狭い世界観に立脚していたと言えます。革命思想の生き生きとした生命を実現する闘いを、自分たちで十分担わず、武装闘争や死によって、犠牲性を発揮するというブルジョア的な英雄主義を持っていました。自らの感性の弱い側面を、克服するのでなく、死を恐れないという側に身を寄せて、死を覚悟することによって、日和らない自己を確立するという程度の決意主義を根深くもっていました。リッダ闘争の主体的地平はそうした未熟さをやはりもっていたし、リッダ闘争後、そのことがより純化されていったということを、失敗し、敗北し、その根拠を問いつづける中でようやく気づいて来ました。確固として闘い続ける生への確信が共産主義を準備していくものである事をリッダ闘争の継承、発展として組織しなければならなかったのです。真に人民と共に社会を建設するという観点、誰でも変革しあって革命を担う事が出来るという、革命の根本である人間観を基本にすえて闘いを組織しえてこなかったことを物語っています。日本の革命運動の中から成長した私たちは最も大切な人間観に触れることは「弱さ」としてとらえ、死を問えば問うほど「弱さ」を切り捨てる、また開き直るという非弁証法的な観点を克服することに無自覚であったと言えます。自分の身近な人々と団結できなくて革命が勝利する筈はありません。人間、親、兄弟、家族を問うことが自分にとって弱さに転化することのない、真の人間観、革命観の確立に向けて、共に克服することを私たちは、失敗や、不信や、不団結の現実の中で学んできました。そうして初めてリッダ闘争の切り拓いた客観的責任に応えていく日本革命の担い手たる自らを革命と真理の側から謙虚に問い合う事が出来るようになってきました。そうして初めて一人一人が人民の代表として生き生きと「人民と共に!」団結を力として前進することが頭ではなく生命力となって実践に生かされ始めたのです。敗北の中からその事を教えたのは、リッダ闘争の戦士への限りない愛と客観的なリッダ闘争の不滅の価値だったと言えます。
私たちは多くの失敗や困難の度にリッダ闘争の無私の革命精神と、その国際主義によって体現された国境を越えた階級利益の闘いの客観的な革命の意義をとらえ返してきました。そした、かつてよりも深くリッダ闘争をとらえ返し、より自らの主体の育成にむけた豊富化血肉化しながら、歩んできました。リッダ闘争の実践は不断の失敗や困難の中で私たちにいつもいつも階級の利益を闘う羅針盤として行手を示し、現在に至る私たちの闘いを支えていたということが出来ます。その過程に於ける日本赤軍自身の主体の未成熟は、革命の武器であり、階級の利益の実現である団結を自らのものとなしえずその結果として日本の人民、同志友人と団結することに誠意を果たさず、国内の、人民の闘い、労働者の闘いと、思想的絆によって結ばれた実践を担いえてきませんでした。
私たちは、これまで、日本赤軍が、失敗や敗北の中で自らを打ち固め、そして、今後も闘うであろう道のりを全人民に示し、共に闘っていくことを、ここに約束します。そのことを通し、労働者階級の思想によって結ばれた一つの利益を、共に実現していくことができるのだということを、自らの総括として、提起します。
三.
人民・同志・友人と、本当に革命の勝利を現実のものとして出会っていく為には、自分たちに少しばかりあるいい面を強調し、そのいい面で出会い、幻想を抱きあうのではなく、敗北や弱さをありのままに伝え、ありのままの克服をこそ共有していくことが、もっとも大切なことだと実感しています。そして日本革命を志し、結果としてその不十分さから敗北した個々の闘いもまた、私たち自身の敗北として、階級の一つの責任を共にし、共に克服することの中に、真剣な団結へのきざしがあると確信しています。自らの立場に固執するのではなく、主観的なつもりがひきおこした客観的現実を直視し、客観的な革命の真理、革命の是非の前に自らの「確信」を解体することを革命任務の基本とすることが問われていると私たちは考えます。そのことを通して、より主体の認識能力を改造する革命実践の中で、一つの階級的団結、一つの党性を組織しあうことが出来ると、実感しています。日本赤軍は国内の人民・同志・友人と団結し、革命の利益の一点によってむすばれる階級的団結を求めるところから自らの自己批判を課していこうとしました。それこそ、革命の喜びと希望の任務として自らが実践することに他なりません。
日本革命の中で主観的には精一杯闘いながら、敗北した個別の闘いの不十分性を共に克服する中から、すべての敗北を自らの教訓としあう階級的団結へのよびかけとして、私たちは一九七五年クアラルンプール米・スウェーデン大使館制圧同志奪還闘争を担いました。そして同志奪還闘争の軍事的闘いの勝利は団結を不滅に実現する第一歩をしっかりと実現しました。かつての闘いの自己批判実践として奪還闘争に応えた五戦士の固い握手の熱いぬくもりは、今、日本赤軍の命脈となって、この間の闘いをうちかためています。日本赤軍が奪還した意味は、そして、奪還に応じた戦士たちの意志は、本当に日本革命を勝利完成させる階級の中核を組織しあうことにあります。勝利の幻想によってではなく、敗北や、人民・同志・友人にもたらした害毒まで教訓としあい、共に克服することを通して、人民・同志・友人と団結することが出来ると確信するからです。私たちの現在が不十分であればいつまででも人民は過去を忘れたりしないし、問いつづけることを知っています。そして反対に、どんなに過去が不十分でも、現在とこれからの一時一時の革命に対する誠実さは必ず人民と深く団結できると確信しています。
私たちは勝利を確信する中で、そのことを一つ一つ、実現しぬけるのだと実感して来ました。私たちは五戦士と自己批判を共にし、一つの階級的団結をうちかためてきました。自ら進んで革命の道を志した者が一つの敵をうちたおすのに団結しえないはずはありません。革命に目覚めた人々が、自らを階級の一員として組織し合い、階級の責任を共に果していく中に、団結は必ず実現されます。敵の思想の反映によって分断され個人主義の責任観念であるセクト主義や、革命の私物化や競争心を共に克服しあい、階級の組織された一つの力へと結集しながら団結してきました。革命は全人民を必ず一つに結ぶという団結にむけた確信は、クアラルンプールアメリカ・スウェーデン大使館制圧、同志奪還闘争を経た私たちの実践によって、今、証されています。日本赤軍という名称や、○○派という党籍によってではなく、人民に服務する革命の中核部隊として、革命と人民の利益の前に、自分の立場を解体し、普遍的な立場により高め団結する中から、真に日本革命を導く、党的な力が、人民を主力として育成されてくるのだと考えています。
私達は、この間学びあい、敗北の教訓を組織しあい、これだけは言いたくはない点について語り合い、どの同志も、どの人民も同じなのだと実感しています。階級支配によってもたらされた被抑圧人民の一人一人の価値や、不充分さも同じであると認識する時、真剣にその克服を共有しあい、自分を他人の様に、他人を自分のように一つの責任をわかちあうことができます。資本主義社会の中で育んだ他人との利害の対立や、競争や、他人憎悪心を、日々の革命実践を通して革命化しあい、人間の本源的欲求である団結にむけて前進し、その力で、敵共を孤立解体することが問われています。人民・同志・友人と信頼によって結ばれた階級的隊伍の育成に誰もが真剣に援助しあっていく事を私達はこれまでの自らの自己批判をこめて呼びかけます。敵共は自分に似せて世界をつくり変えることしか知りません。逆に私達は自己批判と改造を通して世界をより創造的に実現することができることを歴史の中で被抑圧人民のすべての闘いが示してきました。同志奪還闘争の中から階級的にうち固めた同志愛、人民愛の団結を武器として、私達はあらゆる機会にあらゆる人々に団結を求め続けるでしょう。私達は自己批判と批判を通して主体的な力を高め形態や方法や技術ではない革命に対する態度、不滅の革命思想を確立し続けるでしょう。人民の自己批判とは、自らを革命する実践であり自らが自己批判を軸に階級的団結を求めることに他なりません。私達は団結をひき続き求める中で思想的に一致し、形態や方法においては分離した、多くの人民・同志・友人と出会いつづけることができると確信します。そのことを通して、生活を闘いの場とする人民の解放と革命の事業を、人民共和国の建設にむけて、あらゆる分野で、あらゆる方法で、一つに団結して実現していくことができます。革命の主人公は、そうした人々にほかなりません。革命は誰でも担うことができ、共に闘って初めて勝利しえるのだという実感をこめて、再び、団結をめざし、よびかけます。
四.
かつて、日本赤軍は、人民・同志・友人と真剣に出会うことに無頓着でした。それは、革命を、限られた何十人、何百人にのみ求めようとする狭い人間観に由来します。そして、また、そのことに気づき、自らを革命化する闘いを、自己批判を軸として闘いつづけたのは、敗北の教訓によります。一九七五年、スウェーデンにおける同志の被逮捕、自供という日本赤軍の隊内にある団結の質、勝利の確信の質を根底的に問われた時点においてそれまでの敗北や失敗の総括や検証が技術や方法や形態や方針のみにすぎなかったことを思いしらされました。自供するはずがないという思いが事実の中でしっぺ返しをうけた時、自分たちに抱いていた幻想がはがれ始め、方法や形態ではない、根本的な問題を問うことができ始めました。敵に捕らえられたり殺されることは、革命行動の失敗の結果として、不断にありうることです。しかし自供はどんなことがあっても、人民と革命に対する裏切りにほかなりません。被逮捕の二同志を信頼するという仲間意識は、私たちが同質の弱さをもっていることを気づかせてくれました。そして、仲間意識でない階級の団結を真剣に切り拓く契機を与えてくれました。日本赤軍指導部は、被逮捕の二同志に対して、十分に同志の立場にたち、革命観を組織し合えなかった自己批判を二同志に対して、そして全同志、友人、人民に対して問うことから、この間の闘いを実践してきました。未だ不十分であるけれども、個人的にではなく階級の責任をひき受ける革命の任務について教訓を得てきました。そして、敗北を階級の一つの責任としてとらえ、共に克服することを通して、日本革命の団結を創り合うことが出来ると確信してきました。その教訓は今、連赤やM作戦や、東アジア反日武装戦線の同志と一つの自己批判を共有しあい、団結を深め階級の利益にむけて、一つの責任を共に担うことを可能としています。今、すでに一つの隊伍にうちかためた力を、ここに結ばれた不滅の階級的団結を、国内の人民・同志・友人に、自己批判実践として返していくことを担いつづける任務を私達は負っています。
そして、その実践を共にし、闘いぬく途上にあって、私達はかけがえのない日高同志をヨルダン反動に虐殺され、奥平同志を日帝の獄中に奪われました。私達のこの間の闘いを、革命的に実践し、完全黙秘をもって革命任務を全うしようとした日高同志、奥平同志に対し、ヨルダン反動共は残虐な拷問を加えつづけました。日高同志が、その果敢な闘いの過程で、敵に肉体的に虐殺された事実は、奥平同志の拷問の証言、日高同志の遺骨からあらわれた十センチ大の針が、明確に証明しています。敵のどのような弾圧にも屈さず闘い抜いた日高同志、奥平同志の教訓を、私達は、どんな時にも忘れることはないでしょう。私達は同志への限りない愛を、更なる敵愾心へと組織し、不屈に革命任務を担いつづけることを確認します。そして、私たちの代表として敵の獄中で、不退転に闘いつづけている奥平同志との階級的団結を再会にむけて準備し、再会を通して更に教訓を深め、いついかなる時にも、人民の利益と革命を守る人民の軍隊へと、自らの革命に更なる任務を課していくでしょう。私達日本赤軍は、同志・友人・人民が、奥平同志の闘いを共に支えあい、敵の獄中にあるけれども、着実に、一つずつ団結を深めていくことを確信します。
そして、奥平同志、リッダ闘争の地平を、本当に日本革命の責務へと返していく任務を、再会するまで、離れた戦場で、共に一つの心で担うことを、再度確認します。
五.
私たちは、日本赤軍の誕生日とも言える五月三〇日を迎え、これまでの闘いの検証を現時点から一つ一つあきらかにし、日本人民の一人一人として隊伍を整え、更に日本人民・同志・友人と団結し、世界の人民・同志・友人と団結し、日本革命の勝利、完成にむけて世界の人民の闘いを支えあい、前進することを約束します。
この間、私たちは、全軍的に、不屈の党性、階級性、人民性を革命に対する私たちの基本的態度として、一致した力を確立することに重点をおいて、闘ってきました。自分たちの必勝の信念を一つの階級的団結の力で発揮する組織性ぬきに、階級の組織された暴力をうちかためることはできません。私たちは、未だ不十分であることを率直に認め、共に克服することを提起します。すぐれた革命の先進的部分は、欠陥をもたないのではなく、誰もが持ち合わせている欠陥に対し、真剣に、誠実に、謙虚に欠陥を克服する闘いを休むことなく続けていることに、その先進性があるのだと考えます。その克服の闘いこそ、自分たちだけでなく、人民・同志・友人を革命化しあい、共通の敵に対決する一つの力を組織しぬくことができると確信します。徹底して人民の利益の観点にそって闘う人民服務の中にこそ、真に革命の指導性は形成されつづけるでしょう。
私たち日本赤軍は、人民内部の矛盾を革命化しあう、こうした闘いを思想闘争と名づけ、人民と共に団結する主体的な準備を、この間つづけてきました。今更に私たちは、思想闘争を基軸に、あらゆる分野で、あらゆる人々と思想的団結をかちとりながら、各々の闘いを共に補いあい、資本主義にとってかわる新しい社会の建設を、現在から展望する闘いにむけて、一歩一歩、人民・同志・友人と団結しあうでしょう。そうした闘いは、更に日本赤軍の武装闘争実践を、人民の意志の表現として、持久的で階級的な国際、国内遊撃戦として展開せしめるでしょう。
共に団結し、共に克服し、共にもりたてあって、人民が主人公となる社会を建設しぬくことを、再度確認します。
不屈の階級性を党性へと高め、一つの団結した力で一つの敵を打倒する為に、熱い握手を!
1999年5月30日
日本赤軍
日本の人民、友人、同志のみなさん
5月30日のリッダ闘争27周年を迎え、日本赤軍全同志の名に於いて、連帯と闘いの挨拶を送ります。
私たち日本赤軍は、反戦平和を求めた日本の闘いを通して生まれ、闘いを開始し、武装闘争を通して70年代を闘い、現在に至る国際主義と連帯の隊伍を育ててきました。21世紀を迎える今日、戦争の渦巻く現時代を、反戦と平和の時代として21世紀へ引き継ぐ為に、更に闘い続けます。
1、戦争と戦争政策の拡大の中で新たな統治、管理のシステム化がグローバルに進行しています。
21世紀に向かう世界の様相は、軍事支配を軸とする外交政策として展開されています。ユーゴ空爆、イラク空爆、朝鮮半島の緊張と、世界は今、アメリカを中心とする軍事力による外交が主流を成しています。
「人道に関する犯罪の制裁」を声高に主張するアメリカをはじめとするNATOの爆撃が、果たしてユーゴ政権より人道主義的だと誰が言い切ることが出来るのでしょうか。ミロシェヴィッチ政権がチトー後、セルビア人の権益拡大によって、民族問題の解決を誤ったことが、ユーゴ連邦解体に導いたことは事実です。しかし、ユーゴへの常軌を逸した執拗な空爆は、89年の東欧社会主義の崩壊後も唯一この地域で生き延びている社会党政権の破壊に基本目的があります。
クリントン政権は、ソ連東欧体制の崩壊後の21世紀を貫く政治理念として「市場民主主義」の国際秩序の形成を掲げ、「十字軍」を送り込み、世界を軍事力によって自らの描く世界に無理矢理作り替えています。その原理主義的な態度は、世界を無秩序へと益々落とし込めています。
アメリカ政府の掲げる「市場民主主義」とは、資本主義のグローバル支配を目論み、第一に代議制民主主義・多党制による選挙で選ばれた政府である事、第二に、市場経済の実行、第三に、世界システムに自ら統合している事を意味しています。これらは、ソ連型の社会主義、一党独裁、計画経済、社会主義体制を再び地球上に存在させないと言う宣言として、グローバル資本主義の政治理念としてうちたてられたものです。
東欧ソ連の社会主義体制の崩壊後から、帝国主義勢力は、21世紀に向けて社会主義的要素を一掃しようとしており、ユーゴは欧州で唯一生き残った社会主義政権の性格を持つが故に、世界システムに自らを統合しようとしない、つまり主権をグローバル基準にゆずらないが故に、非妥協の攻撃に曝されています。
グローバル資本主義の掲げる「市場民主主義」は、果たして人々に幸せを享受する資格を与えているでしょうか?
グローバル資本主義の統治体制を特徴づける第一は、世界の制度的均一化にあります。資本の自由を保証する制度的均一化は、国内の歴史的発展の度合いによってでは無く、他国の大資本の自由を保証する「合理的」方法として作られ、辺境に至るまでの国際基準として、各国の発展を無理矢理統合して行きます。一国内のグローバル勢力の育成は、経済から検察に至るグローバルスタンダード形成に向けて各層毎の連携を拡大しながら世界統治に組み込む、トランスガバナンスシステムや会議体が実体的に機能し、会計基準から、反麻薬、反「テロ」の基準の世界化を促進しています。それらは、革命解放勢力への弾圧のみならず、各国の社会的システムの崩壊と市民的自由の制限として機能する危険性を持っています。
アメリカンスタンダードを基準とするグローバルスタンダードは、大量消費型のアメリカ資本主義を世界大に拡大し、それに反対する要素を「非合法」として摘み取ろうとするアメリカ政府の目論見としてあります。
第二の特徴は、超国家機関の役割の増大によって、各国の主権の制限を押し進める事にあります。WTO・IMF・世銀・G7サミット・バーゼル委員会・ダボス会議・国連などなど。これらは、グローバル資本主義諸国(帝国主義諸国)の間の矛盾の調整の場であると同時に、強大国が弱小国を支配する国際機関として制度や基準を作り、各国を統制する役割を増大させています。
超国家機関による強制は、国家間の分極化を進め、一方に覇権的国家が形成され、他方に従属的国家群が形成され、さらに国家が丸ごと超独占に買収されるような新植民地的国家群が形成される事態を生み出します。覇権国家は国家権力を使ってグローバル資本の利潤追求を貫徹しようとし、他方の国家群では、覇権的国家や国際機関の政策の実行を強いられる構造として進行しています。
第三の特徴は、国民経済の自己完結性の崩壊を作りだしてる事です。グローバル資本主義支配は、国民経済の位置も変化させ、国家の役割もグローバル資本の展開に相応した変化を強いられています。日本も又、例外ではありません。
こうした資本の自由への国家の隷属は、人民に犠牲を強い、人間的社会関係を破壊し、地球環境を破壊し、国家内でも世界的規模でも二極化を推し進め、貧困と飢餓と地域戦争・核戦争の危機を再生産するものです。
第四の特徴は、人間社会における人々の生き方のドラスチックな変更を強制する事です。
グローバリズムは、人々を益々拝金主義思想へと落とし込め、消費主義と競争、個人主義を基調として、それが普遍的な価値として市場至上主義の下で貫徹され、諸階層、民族、人と人との関係を分裂させ、疎外を拡大させています。グローバル資本主義の支配強化は、国内の歴史や伝統の自然成長的な要素を外的な資本主義生産関係に置き換える分、統合が進めば進むほど、各国、各民族、各地域相互の文化的思想的価値観の対立を深めざるを得ません。
それは一層の世界の混迷を結果していかざるをえません。
しかし、一方で、「市場民主主義」はグローバル資本主義を推進する政治的理念としてありながら、それは同時に人民がグローバル資本主義を否定する武器として闘う契機ともなっています。
NATOの空爆に象徴される軍事的支配に対しては、主権を防衛し平和と反戦の闘いが広がる条件をつくり出しています。また、グローバル資本が「市場民主主義」の価値観を振りかざせばかざすほど程、人々はその非人間性、反民主主義的姿が浮かび上がり、企業に対する公正・透明性と民主主義を求めていくでしょう。政治においても、参加と自治、自決を求める民主主義の要求が「市場民主主義」の支配に対抗する条件を世界大に形成しています。
市場を基本とする民主主義では無く、人間を基本とし、自然と共生する民主主義へと、民主主義を巡る攻防が激化しています。
それは又、20世紀に人間の英知がうちたてた人民主権を求める民主主義の姿を、21世紀の平和を実現し、自然と共存する、人間主義の民主主義として引き継がれようとしています。
私たちの求める社会は、自然も人間も資本に従属させる資本主義モデルではありません。人々の環境と暮らしを第一とし、人々が対等、平等を分かち合う社会です。その理想は遠くにあるのでは無く、現実の生き方の中から一歩一歩共に闘い、闘いを変革しつつ進む中で作られます。
求められるのは、その理念を現実に活かそうとする人々の政治的社会的参加の拡大であり、参加の拡大の中から自治と自決を育て、共に今を変え、相互支援しあう、参加民主主義によって育ちます。
20世紀の中で育まれ、人民の参加によって戦い取られた民主主義の意志を継承し、国家間関係の民主化、企業の民主化、社会の民主化をより大胆に押し進めていこうではありませんか。環境や社会の様々な暮らしの中から生まれる人民の知恵と力の統一を武器に、共通の運命に有る各国人民の戦いと連帯しならが進むことが今ほど求められている時代はありません。
21世紀を、暮らしや環境に調和した共生社会へと結実させる為、人民参加の民主主義の徹底として、民主主義を巡る攻防に勝ち抜こうではありませんか。
2、小淵政権の戦争政策を、平和、護憲の日本の進路にとって変えよう。
日本は、今、危険な戦争政策に突き進んでいます。
日米安保新ガイドラインの道は、アメリカの世界軍事支配と従属的同盟を形成し、対朝鮮、対中国に対する実戦稼働条件を作り上げ、戦争への道を踏み出す国の進路の選択を意味しています。国際攻防から見ると、日本がきわめて明確に戦争シフトへと踏みだしたことが解ります。
衆院で周辺有事関連法案が採択されましたが、この法案はかっての「国家総動員法」にも擬せられる法案であり、防衛ガイドラインに沿って、非軍事施設・民間施設を米軍の要請を受けて自由に活用しうる戦時体制の法律として準備されています。いわゆる「不審船」追跡事件で、危機感をあおり、自衛隊艦が出動し、日本海の領海をはるかに離れた公海上で、勝手に設定した「防空識別圏」の極限で、銃撃や爆弾を投下したという既成事実をもとに、自衛隊が実戦活動しうるという規定を明記しています。
小淵政権は「テポドン」の打ち上げ以来、朝鮮半島の危機、「北朝鮮の脅威」をマスコミを総動員してあおって来ました。「テポドン」打ち上げに対して、その情報の内容も確認しないまま、国会において全会一致で朝鮮民主主義人民共和国の非難決議が成立する事態は、戦前の時代を思わせます。こうした政冶状況が戦争に向かう時代を醸成しています。
自民党が自由党との連立に踏切り、公明党をまじえて一挙に右傾化が進みつつあり、NATOに照応した域外活動を含むアジアの軍事同盟の姿が作られつつあります。
日本は、20世紀の前半を戦争と侵略の時代として過ごしました。それは又、父や母の世代が貧困と苦闘、諦めと服従を強いられた時代としてありました。
敗戦を経て、新しい運命を切り開きながら戦争に反対する人民の力量の中で平和が育ち、護憲が常識となり、20世紀の後半を物質的豊かさの実現として社会を建設して来ました。
平和憲法で生きてきた日本が、戦争への道を再び進んでおり、今後「有事法案」も国会に上程され、組織暴力対策法、住民基本台帳法などに典型的に示されるように「便利」の名によって、国家管理が強化され、市民的自由や人権が侵され、いつでも戦争可能な状態へと国民全体を導いています。
人民の平和を求める意思は多数でありながら、政党政治には反映されているとは言えません。
日本の進路は、経済的には、世界市場の形成と一体化してグローバルに進行する基準の統一、行革・規制緩和として進行しています。金融危機が経済回復の足を引っ張り、景気後退が続き、銀行への公的資金が導入される一方で、規制緩和は金融ビッグバン、持ち株会社解禁、労働規制緩和として進行し、「経済戦略会議」報告に示されているように日本経済はグローバル標準にそった経済へと再編されつつあります。日本市場は米国金融資本を受け入れ始め、資本もソニーのようにグローバル資本化する企業と、出来ない企業とに分岐し始めています。国家は、資本の生き残りをかけた世界の競争に動員され、犠牲は益々暮らしにのしかかっています。
こうした国の進路を巡る経済構造の大きな転換は、金融独占や戦争準備に公的資金が無尽蔵につぎ込まれる一方で、福祉、教育、保健、年金などの公的支出はあらゆる名目で削減されています。
従来の価値観や社会的諸関係が崩壊するなかで教育問題、医療などの社会的問題が一層深刻化しています。
失業の増大は、戦後最高となり、とくに中高年にとっては深刻な問題となっています。人間関係の崩壊が進み、中高年層自殺の増大や教育問題の深刻化、青少年層の犯罪の増加・凶悪化が進んでいます。人口の高齢化問題も介護保険の導入、年金改革と、社会の中で、役割を果たしてきた人々への福祉支援体制のあり方が問われています。これらの動向は、資本の要請に国家の役割を変更していく帝国主義諸国家のほとんどの国で見られる、人民へのしわよせ、社会的弱者の切り捨てや犠牲を強いる状態と共通しています。
日本の進路が全方位外交では無く、アメリカとのパートナーとして進む限り、戦争政策、不況、そしてアジア、世界に対する抑圧民族としての役割を負わざるを得ません。
日本は、ポスト冷戦の流動と再編の過渡期にあるこの時代だからこそ、ファシズムの反省としてうちたてられた憲法9条を基礎とした国の進路を堅持し、平和と環境を大切にして世界に貢献する国としての役割を果たすことによって、経済の道筋をアジアとの共生として創り出す好機の筈です。アメリカを含むどの国とも同盟を結ばず、友好平和条約で結び合うことが出来ない理由はどこにもありません。ただ、アメリカと利害を分かち合う集団と、目先の利害に非政治的に集まる経済的集団によって日本は誤った進路に導かれようとしています。
再び日本を戦争あるいは戦争加担の道に導いては決してなりません。戦争政策に反対し、平和を実現する一歩を下からの人民の社会参加から作り上げ、国の進路を変えようではありませんか。
3、民主主義の徹底を通して国際主義を実現しよう。
日本の人民、友人、同志のみなさん。
リッダ闘争から27年、国際遊撃戦を必要とした戦争状態から、パレスチナアラブの闘いの様相も既に違った闘いを要求しています。
5月17日、リクード右派政権、ネタニヤフは、グローバル資本、シオニズム、アメリカ政府の後押しを受けた労働党バラク党首に破れ、再び、暗殺されたラビンの路線へとイスラエルの流れが変わろうとしています。その流れは又、アラブ、パレスチナに「土地と平和の交換」を基本とする「和平プロセス」として進む条件を創り出して居ます。「和平プロセス」は同時に又、中東マーシャルプランを含むグローバル資本主義への統合と再編として、イスラエルを要とする中東支配のプログラムと同時に進行しようとしています。
中東に於ける公正で包括的な和平は、既存の「和平プロセス」のみならず、パレスチナ建国、帰還の権利を求める人民の要求を実現する事が不可欠となります。それは又、新しい植民地支配に抗した人民の権利を求める闘いとして、国際的な反グローバル支配の闘いと結びつきながら進むでしょう。
21世紀に向かって、人間の英知は、一方に人民主権の民主主義を、他方に市場至上主義の民主主義の攻防を創り出しています。
20世紀の人民解放の思想であるマルクス主義は、人民主権を求める民主主義へと引き継がれ、各地でグローバル支配に抗した民主主義として闘い抜いています。
社会主義が求めたものは、人民自身が主権者として、搾取と抑圧の無い平等、対等な人類社会の実現にありました。その要求は今も、より切実にグローバル支配の前で明らかになっています。技術革新と情報革命は地球に地理的、時間的落差を無くし、支配も被支配も攻防の同時性と同質性を帯びながら進んでいます。産業革命の連続性と人民搾取で利潤を求める資本主義のパラダイムを踏襲した生産力主義の「社会主義」は、人民の主権を求める民主主義に敗退し、新しい社会主義のパラダイムが求められています。
効率性と、技術信仰は、地球環境を破壊し、公害による生態系の危機をもたらし人々の生活様式の変更を余儀なくさせ、類的な危機を20世紀に自覚させました。ヒューマニズムに根ざさないものは、なにものも世界を救う事が出来ません。人間主義の哲学に基づいて社会を再構成する闘いが徐々に芽生えています。それは又、根底的にグローバリズムの支配と対峙せざるをえません。
国家は、公正を、民族は平等を、人民は民主主義を求め、グローバル支配に重層的に対応する闘いを通して、新しいパラダイムによる国際秩序をうちたてていく闘いが始まっています。人民の側の闘いは、圧倒的な資本の側の情報や宣伝の前で、小さく、分散した状態でありながら、しかし多様に、確実に人民の根っこのところで闘いを継続しています。
かつて日本に於いて、社会正義と反戦平和を求めた闘いや、労働者の権利を求めた闘いが、高度成長の「豊かさ」を越えた新しい幸せを実現できなかったし、連合赤軍事件のような、希望を摘み取ってしまう味方の誤りがありました。かつて私たちも、「民主主義」をブルジョア民主主義の制度的側面だけを見て否定し、反帝社会主義を掲げて闘いながら、一方に、人民の意思と力を軽視した闘い方が在りました。その結果、有効な闘いへと人々が共に共感を持って進めない事態を作り、それが日本の闘いに否定的な流れを作っていたことはいなめません。
そうした中で引き続き闘い続けた多くの人々、友人たちが在り、一人よがりの運動は退き、人々に根を下ろした運動が今も、日本の社会的正義を実現する基盤として生き生きと闘っている事を知っています。
こうした生活と持ち場に於ける民主主義の徹底を求め、自治、自決を求める、人々の参加民主主義の拡大は、足元の闘いでありながら、グローバル支配によって、共通の運命を分かちあっている分、世界の人民の闘いを支えています。 こうした人々の意思と力を広げ、民主主義の徹底を通して戦争政策に向かう日本の進路を正し、平和立国であり、環境立国として、日本が世界に呼びかける日を作り上げようではありませんか。
そのことは、安保を不要とし、NATOに至るアメリカの軍事支配を掘り崩し、違った世界の道筋を切り開くでしょう。
私たちも又、微力を尽くして、反グローバル資本主義の戦線を担い、国内の民主主義の徹底を求める闘いに呼応しつつ、21世紀の価値として人間主義に基づく民主主義を掲げて闘い抜きます。
4、私たち日本赤軍は、グローバル支配に抗し、民主主義の徹底の一翼で闘います。
リッダ闘争、国際主義の連帯を実現したこの日、私たちは再び連帯を求め、闘い抜く意思を表明し、新たな結び合いを目指します。
レバノンの獄中で闘っている同志たちも又、制約された条件で闘いを続けています。高村外相が99年1月、中東諸国を歴訪した中で、レバノンに拘留中の5人の同志の身柄引渡しを再び要求しました。そして、中東和平の一環として、レバノン問題に関する日本提案として「レバノン四原則」提案を同時に提起し財政支援の方向を明確にしました。これまでの経済援助と違って、アメリカとの合意のもとで仲介の当事者として登場をめざしています。日本政府のレバノンへのこうした積極的な入れ込みは、同志5人と切りはなしては考えられず、強制送還に向けた動き、他の同志への逮捕攻撃と一体のものとしてあります。ハリリ政権に代わって登場したレバノン新内閣は、「5人の送還問題は、司法の問題で行政問題では無い。」として送還の要求には合意しませんでした。
こうした新内閣の態度は、一貫して岡本同志ら5人の日本赤軍獄中同志を支えるレバノン、アラブ人民勢力の努力の結果としてあります。
アラブ人民勢力は引き続いて送還阻止、政治亡命要求を掲げて積極的に闘い続けています。高村外相は、「日本国内では犯罪者でしかない日本赤軍らへの一部のレバノン人の支援は残念だ。」と記者会見で語り、経済援助と引換えに、日本赤軍支援を止めさせようと画策しました。
アラブの地に於いては、リッダ闘争以来、人民の中で共に闘い抜いて来た日本赤軍に対する政治的認知の歴史的地平は有ります。
私たちは、引き続きレバノン、アラブ、世界の抑圧された人民の友として、支援し、支援されながら、共通の目的を実現する為に闘い続けるでしょう。
そしてまた、その闘いが日本の闘いと連動した民主主義の徹底として結実するよう闘い続けます。
獄中で闘い抜いている親愛な同志たち、
分かち難く結ばれた同志たちの意思を、闘いを通して21世紀へと発展させる様、力を尽くして闘います。日本赤軍は、リッダ闘争の歴史的遺産を、新しい時代の戦いの出発点としてヒューマニズムに基づく民主主義の徹底を高く掲げて進むことを誓います。
3月17日、レバノン政府の政治亡命委員会は、岡本同志の政治亡命を認めると共に、他の日本赤軍同志に対して追放を決定しました。
1.私たち日本赤軍は、日本政府の経済制裁の執拗な攻撃にさらされながら、3月1日の送還拒否を決定した事に続き、岡本同志の政治亡命を認めたレバノン政府の決定を評価します。しかし同時に、4同志の追放が日本政府のシナリオによっているとは言え、アラブの一部の反動勢力との共同によっって日本への追放に結果した事に抗議します。
レバノン政府の送還拒否、岡本同志亡命許可決定は、ひとえに、日本赤軍5同志支援の人々のたゆみない戦いによって勝ちとられた成果としてあります。私たち日本赤軍は、レバノン人民、弁護士、政治家、解放組織のたゆみない救援と連帯にまず全同志の名において心から感謝します。
帝国主義勢力のグローバルな経済支配の現時代にあって、全同志に対する亡命を許容する条件が無いことを私たちは理解しています。むしろこうした時代にあっても、強力な人民支援の力で、正式な「送還」を阻止しつづた、人民連帯の勝利をこそ誇るべきだと考えています。
2.日本政府は卑劣な手段でアラブ人民に敵対しつづけています。イスラエルの攻撃にさらされたレバノンの困難な経済状態につけ入り、送還を拒否された後も、アラブの団結、大義、主権を踏みにじってアラブ諸国を揺さぶり続けてきました。日本政府の姑息な動きは岡本同志と4同志を引き離し、送還拒否決定にも関わらず、経済援助を餌にアラブの反動勢力を利用して、「追放」のシナリオを描き、4同志を強制的に日本に拉致しました。アラブの歴史の中に、一方にはリッダ闘争の人民の連帯と、もう一方に金と虚言でアラブ政府、人民を愚弄した日本政府の犯罪が新に刻まれました。
私たち日本赤軍は、そしてレバノン、アラブ人民は、こうした愚弄と暴挙を決して許さないし、決して忘れないでしょう。
3.岡本同志は、今亡命を許可され、しかし、隊伍を引き離され、ただ一人孤立した条件に置かれようとしています。イスラエルの獄中で受けた後遺症は、一人での生活を難しくしています。どんなになつかしい同志であっても、岡本同志と共に過ごす事が日本赤軍の私たちにには許されません。岡本同志を帰国せざるを得ない状況に追い込む事、日本政府はそれをこそ望んでいます。私たち日本赤軍は、レバノン人民、友人達の支援と、日本人民、友人達の救援を引き続き願うものです。
4・私たち日本赤軍は、いつ、いかなる条件下にあっても、人民の戦いを共にし、戦場がどこに変わろうとも戦い続けます。4同志の帰国は、逆に日本での新しい戦いの始まりとして位置しています。
アラブ人民と共に、リッダ闘争の歴史の上に築かれた遺産を今、私たちはしっかり握りしめています。一つはリッダ闘争戦士達、アラブの先達が築いた「人々の為に労苦も命も厭わない」自己犠牲の精神です。そしてもう一つは、その自己犠牲によって築かれた徹底したヒューマニズムの人民の国際連帯です。この、世界の人々と共に築いた二つの遺産を握りしめ、人間に対する愛と希望を育み合う政治がある事を人民連帯としてこれからも育てます。、私たちは歴史的遺産を継承し、日本人民の闘いに依拠し、世界の正義と公正を求める人民勢力の一部として、アラブの地での戦いの教訓を生かし、日本の地においても人民の戦いと共に進みます。引き裂かれた条件にあっても人民連帯は不滅に輝き、新しい世紀の希望の萌芽を築きつづけることを確信します。共に。
一、私たちは、リッダ闘争に始まる連帯を、新たな地平においてさらに人民の連帯として育てます。
今、レバノン人民は、イスラエルに占領されていた地域の解放を自らの力で日々闘い取っています。私たちは、レバノン人民の正義の闘いに連帯し、新たな決意を込めてこの声明を発表します。
二〇〇〇年の五月三〇日、リッダ空港襲撃作戦二八周年を迎えて今、私たちは新しい闘いの地平に立っています。二八年前、作戦を戦い抜いた岡本同志は、レバノンで初めての政治亡命者として解放され、アラブレバノン人民の懐に帰り、皆に支えられて生活しています。一方、四人の同志たちは、国際法にも違反する日本政府の拉致行為と、アラブの大義を何度も裏切ってきたヨルダン政府の陰謀の加担によって、日本の獄中に拘束されながら、日本の地を基点とする新たな闘いを開始しています。日本への拉致送還は、私たちにとって日本をも戦場とする新たな国際連帯実践の始まりを創り出しています。
私たちは、リッダの戦士達の残した最期の言葉を覚えています。
「裸足で遊ぶこの子供たちが我々の闘いのあとに続くだろう。国境を越えた闘いは日本革命を保証し、日本革命は世界の人民戦争をおし進める。日本の友人たち、行動と犠牲の上に燃えている革命の歴史を継承し、世界の友人とともに進め
隊伍を整えよ、敵は一つだ。我々は日本人民の誇りをもってパレスチナ人民と戦争にいく。葬列を繰り出すな。ただ祭りを。我々と世界革命の友人たちのために」。
彼らの願いが今、一九九七年の逮捕を契機として、そして二〇〇〇年三月一七日の五同志を分断したときから、解き放たれたエネルギーは、私たちの新しい国際連帯の役割を創り始めています。かつて、敵との攻防の結果として非合法を余儀なくされ、非公然に結びついていた
とアラブ人民の連帯は、人民性と政治性をもって公然と正義と公正を求める国際連帯として成長し始めています。私たちはこの人民連帯を基に日本人民に依拠して新しい日本の闘いに挑戦し、正義と公正を求める公然とした政治闘争を拡大します。
二、 とレバノン人民の連帯を、日本人民とレバノンアラブ人民連帯へと広げよう。
リッダ闘争は、共通の運命におかれた者同士の連帯として、自己犠牲の精神をもって闘い抜かれました。「連帯は、ローマの市民と剣闘士のような、観戦する者と闘う者という関係であってはならない。運命を共にしよう。」「第二、第三のベトナムを!」というチェ・ゲバラの呼びかけに応えて、私達はアラブの地に来ました。
…(略)…
しかし、条件と環境の違う日本人民にその意義を伝えきることができないまま、「
は無差別のテロ暴力集団」という敵の宣伝の前で
も日本人民との連帯を真剣に求める闘いを半ば放棄して闘い続けました。共通の運命におかれた人民の闘いは共感し合い、支援しあう関係にありながら、おかれた条件の違いを克服して戦い抜くことができませんでした。それ以降、歴史を刻みながら、
とアラブ人民の確かな連帯は、岡本同志の政治亡命を闘いとったレバノン人民の闘いに示されています。この
とアラブ人民の連帯を、二一世紀の日本人民とアラブ人民の連帯へと育てるために、私達は、日本人民の闘いを共にする中からその広がりを創り出していきます。
…(略)…
私達は、世代と国境を越えた連帯の絆を固く結び、アラブの経験を生かし、自己を変革し続け、連帯を育て日本の変革を実現します。
三、連帯の闘いの多様性を創り出そう。
リッダ闘争という軍事作戦は、当時の戦争状態という条件の中で有効な戦術形態としてありました。「武装闘争こそが最高のプロパガンダ」(ガッサン・カナファーニ)であり、抑圧された人民の言葉は、武装闘争に託されていました。それは、その後のパレスチナ戦士達の武装闘争展開を導き、七三年の一〇月戦争を経て
は国連で承認される地位を獲得しました。
そして今、レバノン南部の占領と侵略に対するレバノン人民の武装闘争は、正義の解放を求めて闘い抜き、イスラエルの撤退を余儀なくさせています。武装闘争は、人民の支持と支援なしに勝利を収めることはできません。そしてまた武装闘争は、多様な人民の戦線、公然とした合法的な運動の拡大や宣伝活動・政治交渉と結びついて人民の希望を実現していきます。
岡本同志の逮捕以降、レバノンの人々が中心になって、「岡本同志とその友人たちを支援する会」や、解放組織、弁護士、国会議員の人々をはじめ、多くの人々が五人の同志たちのために支援活動を展開してくれました。
…(略)…
私達はあらためて、国際連帯における多様で持続的な人民的広がりの重要性を学びました。
日本における政治闘争とアラブの解放闘争の直面する人民の闘いの多様性を包み込む多様な連帯をさらに目指そうではありませんか。
中東における国際資本のグローバリズム支配の要としてのイスラエルの役割が明確になっています。今、アメリカの新しい世界秩序形成の企みと、それに反対する勢力の攻防として二〇世紀の最後の年を迎えています。
…(略)…
四、新たな敵の策動に国際連帯実践で共に国境を越えて闘おう。
中東地域の安定は、イスラエルの占領と侵略政策をあらゆる方法で止めさせ、和平のテーブルから逃げ出したイスラエルを正義と公正な秩序によって統制する人民の知恵と力をあらゆる戦線でつくり出す闘いです。その闘いは、国際資本との闘いに連なっています。
昨年のシアトルにおける 反対闘争はグローバル化に対する人民闘争の転換を画すものでした。この闘争を通じて、環境、人権、フェミニズム、民族主義、労働な運動などの諸戦線がひとつになったばかりでなく、人々と南の国々は「先進工業国」(帝国主義諸国)の閣僚会議における意図を阻止するために結びつきました。今年は、国際関係の公正と改革を求める南の国々の動きが大きくなりつつあります。ハバナで開かれた七七カ国グループの首脳会議では、「公正なルールの下での発展、貧困の根絶、雇用の拡大、ジェンダーの平等、社会的統合を通じて不均衡の拡大を阻止する新しいグローバルな人間秩序」の創設を呼びかける画期的な共同声明を発しました。
国際、地域、全国、人民のあらゆるレベルで国際資本の支配強化に反対する運動が連携しつつ、芽生えつつあります。そこには矛盾や対立など多くの問題もあります。しかし、これを連帯に基づく問題解決によって新しい連帯を形成する機会に転じることができるかどうかが問われています。私たちは占領に抗するアラブのあらゆる闘いを支持するとともに、これを国際連帯の新しい流れに結びつけて闘い抜きます。
五、新しい世紀に向けて、国境を越え、連帯を求めて共に前進します。
二〇〇〇年七月には、世界で最大規模の米軍海外基地のある沖縄で、戒厳令並みの警備体制の中、
プラス のサミット会合が開かれようとしています。
日本政府は国連常任安保理事国入りをめざし、「国際貢献」の名目で海外派兵し、米国との戦略同盟を強化し、アジアの盟主としての役割を強化しようとする一方で、アフリカ諸国などが求めている債務帳消しには消極的な態度をとっています。イスラエルが中東で果たしているのと同じ役回りをアジア太平洋地域で果たそうとしているのです。
日本は二一世紀に如何なる役割を果たすべきなのでしょうか
国際的な視野で考えると、公正で平和な世界を実現しうる重要な国のひとつです。「紛争を解決する手段としての戦争と武器の放棄」を謳った日本の平和憲法から考えるならば、このことこそ国際貢献です。かつて日本が侵略したすべての国と平和友好条約を締結し、侵略による国家ならびに個人の損害に対して謝罪と賠償を行い、核のないアジアをめざし、まず第一に日米安全保障条約を破棄することです。これによって米国の戦争政策を阻止し、日本は国際的な軍事同盟関係に依拠するのではなく、平和や環境に関する活動を通じて世界に貢献することができるでしょう。
…(略)…
すべての人民、レバノン、アラブ諸国、全世界の、そして日本の同志、友人たち
今、新しい世紀に向かって新たな闘いを開始するときです。二一世紀に向かって国境を越えて、全世界の人民の連帯を求めてともに前進します。
二〇〇〇年五月三〇日という記念すべき日に、私たちはもう一度すべての人々に熱い感謝の思いを伝えます。
ベイルートの若い友人たち、われわれの同志たちへの素晴らしい支援活動を本当にありがとう。三月の寒い雨のなか、五同志の政治亡命を求めて内務省前での座りこみやハンストをして下さった皆さんのことを決して忘れることはありません。公然、非公然に支援を差しのべて下さったすべての人々に深い感謝を送ります。レバノンでテレビ局が行った意見投票で五同志の政治亡命を支持する人の数が九七・八%にのぼったこと、四万人の署名、そして日本での同志たちへの熱い支援に強く励まされると同時に改めて責任を痛感しています。
獄中の同志たち、公然・非公然に支援して下さったすべての友人たち、家族たち、そして日本で、中東で、世界で闘い続けているすべての人々、二一世紀を人間性あふれる世紀とするために、国境を越えて連帯し、人民の知恵と力を結集し、共に闘い抜きましょう。
もくじ
1私は、全く気落ちはしてません
2私の裁判は、全く無茶苦茶です
3さいごに
こんにちは!
七三年、七七年の日航機ハイジャック闘争、旅券法違反で八八年から裁判にかけられていましたが、先日三月二八日付で一審、二審の「無期懲役刑」を認める「上告棄却決定」を受けました。私の無実主張は一顧だにされませんでした。(最高裁第三小法廷)
私は、ハイジャックには残念ながら無関与であり、「有罪」は全くもって不当なものです。これに対する怒りと悔しさを自らの闘いのエネルギーにして、下獄します。今日、「決定」に対する異議申立てを棄却する四・一一付の決定が来ました。これで完全に敗訴確定です。数日後に刑が執行されます。
1 私は、全く気落ちはしてません
私は、全く気落ちはしていません。そのような気配は微塵もありません。慰めは全く無用です。私は絶対に無実ですが、現在の日本の裁判所に何を期待できるのでしょうか。第一審において弁護団は、「証拠らしい証拠がなく、裁判所は有罪にするには困難。半分は勝てる可能性がある」と言っていました。客観的にはそうであったのです。私も三割ぐらいは「もしかすれば」と思いましたが、やはり日本の裁判所は検察と全く同じ国家権力でした。こんな日本の裁判所に何も期待できず、まして最高裁。最初から期待はゼロなので気落ちなどする余地はありません。
目の前の現実の結果に対して、悲しんだり苦しんだりしても、事態は何も変わりません。ならば、暗く沈むのではなく、明るく開き直って、現実の苦難に対して前向きに挑む方が、人生は楽しいではないですか。一時代前の根性スポーツみたいに革命が苦しいものであってはなりません。革命も明るく楽しくやっていきましょう。
私と看守たちの会話を紹介しましょう。担当職員や幹部以外は、大々的に報じられたわけではないので、敗訴確定を知らない看守も多いのです。
▼丸岡「私、裁判負けたの知ってる 三月二八日付で。」
▼看守「えっ、全然知らなかった。負けた顔をしていないし、で、何年
」
▼丸岡「無期や無期。なぜか無期なのに未決算入が七年五ヵ月もついてる。」
▼看守「無期かきついなぁ。でも未決算入がそれだけあれば、一〇年も出るのにかからないよ。」
▼丸岡「私、法務省の言うところの『公安事犯』だよ。仮釈放なんかある訳ないやん。」
▼看守「あっ、そうか……、きついなぁ。まぁ、身体だけは気をつけて……。」
▼丸岡「なんであんたが暗くなんの。私は明るいのに。やられんのは私や。これも修行。それに住めば都。軍隊的生活はきらいではないし。殺される訳やないし。」
▼看守「あぁ、丸岡だったら大丈夫だな。」
という次第で、みなさん、私のことはどうかご心配なく。
2 私の裁判は、全く無茶苦茶です
話が飛びました。
私の裁判は全く無茶苦茶です。@「勝手によろけて」の公務執行妨害デッチアゲ違法逮捕の容認、A「証拠」の捏造の黙認(ドバイ闘争。リビヤ当局が発信してもいない
(インターポール)電文の捏造)、B目撃証言の重大な事実誤認(ドバイ、ダッカ闘争)。
本当、頭に来ます 一、二審共に丸顔の被告人を前にして、「犯人はアゴがとがり逆三角形の顔」とのたまい、犯人説否定の目撃証言は肯定より少ないから「犯人ではないとする証言は信用できない」としました。乗客が残した詳細な「犯人の似顔絵」は、「犯人によく似ている(つまり丸岡ではない)」とする証言が多いのに、それを認めると私の無実を認めることになるので、裁判所はわずか二名の乗客証言を採用し、似顔絵を否定しました。何という裁判!数々ある同一性否定証言を「同一だ」と言い換える裁判所。おまえらは、公安警察なのか、検察なのか
要は治安弾圧機関なのだな
私に対する異常な重刑判決の目的は何なのか。他の各種ハイジャック事件の判決や、一般刑事事件での量刑基準と比較してみて下さい。刑の重さぶりは突出しています。
判決の狙いは明白です。
@日本赤軍による三回(七三年も要求は出されていた)の獄中同志解放闘争への国家権力による報復。
第一審判決で「刑事司法秩序、行刑秩序の根幹に影響」と明言し、重刑の根拠としています。報復の標的にされたのが、治安当局が勝手に「(軍の)最高幹部」に祭り上げた(笑)私であったということなのです。
旧赤軍派議長の塩見孝也氏も無茶苦茶な「罪状」で「よど号ハイジャック共謀」も含めて起訴されましたが、求刑の「無期」に対し判決は「懲役一八年」でした。もちろん、これ自体も極めて不当な判決ですが、私が受ける弾圧よりは少しソフトでした。敵対する国家権力にここまで恨まれれば、「革命家冥利」に尽きるのでしょうか。もちろん国家権力の側からのこんな「名誉」など願い下げです。
A日本赤軍の闘いに対する国家権力の恫喝。
見せしめのために、私が無罪か有罪かを問う前に、日本赤軍の者であることで「まず重刑ありき」なのです。
これが、一二年間の丸岡裁判の本質です。(もちろん、今後は再審請求で闘い続けます)
3 さいごに
私の場合、仮釈放はないので(転向を迫られる限り私からは求めない)、現政権が人民政権にとって代わられるほどの大きな情勢変化がない限り、私は獄中で一生を終えることになります。しかし、八七年に逮捕されたときにその覚悟はできているので、精神的にどうということは全くありません。逆に元気です。日本が今後二〇年もこのままということは絶対にあり得ず、正々堂々と監獄から出てくる日はそれほど遠い未来ではなく近い未来でしょう。人生一〇〇年、私にはまだ五〇年ちょっともあるのです(笑)。その間に病気(慢性心不全)も治し、学習もし、社会不正とも闘い、常に現役の「革命家」でいられるよう自己変革に励みます。昨日を省み、今日を生き、そして明日を拓く。生き抜いて、生涯闘争です。
それではみなさん、二一世紀に再会です!お互い元気でいましょう
@ 貴『人民新聞』には、私の拙い文章をたびたび書かせていただき、本当にありがとうございました。おかげで多くの方たちとの直接的、間接的交流ができました。さまざまな意見をいただき、そして誌上で多くの方たちの考えや活動を知ることができ、私の狭い視野を拡げて下さいました。貴紙及び読者のみなさまにあらためてお礼を申し上げます。そして、多くの方々によるご支援ありがとうございました。
もう私の方からは、日本の監獄制度が改革されない限り、投稿することはできませんが、刑務所でも読むことはできます。「無期刑」の場合、社会運動関係の発行物を読むことについて当局の「指導(あまり読まないように)」があるらしいのですが、そのような制限をはねのけて読みつづけます。今後もよろしくお願いします。
A 私は、裁判結果(有罪判決)を決して認めません。今後は、再審にもがんばります。弁護士や救援の方たちにあまり迷惑をかけられないし、負担もかけられないので、まぁぼちぼち、でもしっかりとやっていきます。その折りはまた、熱い応援をよろしくお願いします。
B 人民新聞社にも日本赤軍がらみでいろいろとご迷惑をかけてきました。この場を借りてお詫びします。にもかかわらず、私たちに発言の場をいつも与えていただき、本当にありがとうございます。
新しい真の民主主義が徹底された日本の建設目指し、共にがんばりましょう
貴紙並びに読者のみなさまのご活躍とご発展を心より願っています。以上、多謝