国際社会ならびにすべての人権団体へのアピール

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 スリランカの人民連合政府PAが権力の座につくに先立ち、国家が後援しているあらゆる殺人部隊を解散すると、人々や国際社会に約束しました。また、前政権の時期の大虐殺に責任のある犯人を逮捕し、裁判にかけ、民主主義を実現し、スリランカに平和をもたらすと約束しました。

 人民連合は1994年8月に勝利し、その指導者であるチャンドリカ・クマラトゥンガは、その年の11月、スリランカの大統領になりました。

 その時以来、労働者、農民、ジャーナリストや学生の民主的権利をの侵害がおびただしく報道されています。(人民連合)政府は、民主主義を回復する実効的な対策を取ることを故意に避けたのです。

 不幸にも現在わたしたちは、国家に後援されたグーンダ(闇の殺人部隊−訳者)警察・軍による露骨な人権侵害の急増を目の当たりにしています。

 (人民連合)政府の支持者たちは、過去3年半の間、その指導者たちに鼓舞され、様々な場面でJVPを挑発しようとしてきました。その試みが失敗することで、(人民連合)政府は、JVPや政府を批判するジャーナリストや個々人にたいする活発なテロル・キャンペーンを開始したのです。政府系メディア(テレビとラジオ)は、JVPのイメージを傷つけるために違法に利用されてきています。警察・軍は、JVPの印刷所を手入れしたのです。JVPの活動家やシンパたちは、(人民連合の)指導者や支持者たちによって暗殺と虐待の脅威にさらされてきました。

 1998年3月2日、JVPの活動家で、ポロナルワ地方出身、エレワナのクゥアリー通り205番の住人である、同志ドゥルワラ・ガランヘ・ゲダラ・ダサナヤケは、メデゴダ・リヤナヘ・ダルマスィリとその兄弟のメデゴダ・リヤナヘ・ナンダスィリによって、何人かの通行人の眼前で暗殺されました。ダルマスィリは、マイスリパラ・シドゥセナ(人民連合政府のマハワル大臣)直属の地方の責任者です。(マハワル大臣とは、マハワル川のダム建設などのプロジェクト担当大臣のこと−訳者)

 ダサナヤケ同志は、受けたけがのせいで、1998年3月3日、ポロナルワ総合病院で死亡しました。これは明らかに政治的殺人に他なりません。その後、個人的な争いによる死であるかのように人々を欺く試みがなされました。

 前政権の下で、いかなる正当な理由もなく1983年7月にJVPが非合法化された後、サラトハ・ウィジェシンハ(アヌラドハプラ地方のJVP青年組織のメンバー)は、非合法化の解除を要求するJVPのポスター張りをしていたとき、逮捕されました。彼は拘留・監禁され、拷問され、その後1984年10月に警察の拘禁房で死亡しました。これが流血の大惨事の始まりとなり、1984年ー94年を通したはなはだしい人権抑圧、大虐殺を、つまりスリランカの暗黒のテロルの時代を導いたのでした。

 同志ダサナヤケの殺害によって、今ひとたびテロルが支配するスリランカとなることを防ぐために、合法的で平和的で民主的な行動を起こさなければなりません。

 わたしたちJVPは、国際社会ならびにすべての人権団体にたいし、こうした人権侵害を非難し、今後の残虐行為を防ぐための行動を起こすよう心から訴えます。

 スリランカ大統領とその政府がただちに真の民主主義と人権を回復するよう要求を突きつけてください。

人民解放戦線(JVP)− スリランカ

ソマワンサ・アマラシンハ − JVPの指導者
JVP政治局を代表して
1998年3月17日

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